壊れた少女の願いの続きです。


ある所にひどく傷付いた少女が居た。
母親から言葉の暴力を受け、父親から体の暴力を受け、この世を捨てようと思い屋上から飛び降りようとした少女がいた。体も心もボロボロになった彼女には、そのことで何かが救われるのではないかという考えしか浮かばなかった。
しかしその少女の誤算は、その屋上に花が咲いていたことだった。
彼女はその花を見て足がすくんでしまった。屋上のフェンスを越えるにはその花を踏み潰さなくてはいけなかったからだ。少女はしばらく躊躇して、それでもその花を踏み越えようとした。其処に現れた一人の少年に少女は恋をした。
感情を持たない少年の、無垢ゆえの眩しさに恋をした。

「ねえ、柳」

精市がぼんやりと瞳を途方にやりながら俺の名前を呼んだ。

「俺はさ、きっといろんな人を傷つけてるんだ」

人を愛せないから、と彼は続ける。その言葉はもう聞き飽きた。しかしながら、彼はそれを嫌味で言っているわけじゃないのだ。彼はあまりにも無垢すぎた。自分の感情というものに。勝利を求めるが故に彼の体から欠落してしまったのは、感情そのものだった。俺は別にそれをとがめることも、哀れむことも無かった。
ただ、精市が欲するままにその言葉を聞いてやっていただけなのだ。時折頷きながら、その会話を右から左へと流していることをばれないようにしていただけなのだ。
なんと無意味な時間だろう、と何度も思いながら。
……そんな俺の感情が、過去と違うことを彼は気づいているのだろうか。

「今まで、最低とか人でなしとか沢山言われてきた。だけど……あの子だけは何も言わなかった。すごく、すごく悲しそうな目をしながら俺を見ただけだった」

嗚呼、その先に続く言葉を俺は分かっている。
聞きたくない。しかし、あいつの幸せを思うべきならば聞きたい。いや、違う。俺は。俺は、あかりのことを、愛しているんだ。

「彼女の名前は、山崎あかりだ。……明日の朝に、屋上庭園に行くように俺から言っておこう」
「……すまないね柳」

嗚呼、お前はやっと幸せになれるのだ。やっとお前はお前の太陽と一緒になれるんだ。この胸の痛みよりも何倍も傷付いてきたであろうあかりがやっと愛おしさという空気に包まれて微笑むことが出来るのならば、たった一度の失恋など惜しくも無い。そう、思った。
のに。

「昨夜、山崎さん宅で遺体が発見されました。遺体は、この家の住人である山崎さん一家とみられ無理心中をはかったものと……」

嗚呼、なんだこれは。なんだこの結末はこんなものは違う。違う。俺は。

「俺は、お前を愛していた」


もう聞こえるはずなんて無いだろう彼女の耳元で囁いて、冷たくなってしまったその唇に唇を合わせた。ひっそりとしたその霊安室は、あまりにも寂しいだろう。俺がいる。心配するな。お前は一人じゃない。

「お前は、誰よりも、美しい」


俺だけは、その美しさを知っているから。
汚れてなどいない。誰よりも、美しい。
そう呟いて、俺は静かに頬を濡らした。


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壊れた少女の願い。
痛みを散らす。
縦読みすると「恋」そして「故意」



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