まず、朝から起こっていた異変に私はもっと早く気づくべきだった。いつもと何かが違った、なんて生ぬるいものなんかじゃなかった。クラス全体に広がるその空気に、肌がぴくり、と笑う感触。
前方にあるのは背中。柳生君っていうめちゃくちゃ紳士で、怖いほど優しい私の恋人。
その、はず。なんだけど。
もう一度瞬きをした先には、たくさんの女子に囲まれて少しばかり困ったように微笑む……。

『にお、くん?』

いやいや、確かにあれは私の恋人の柳生君。だって、間違えるわけがない。だけど、だけど、あれ。私の恋人様は、確かいつもメガネを、付けて、いて。だけど、私の目の先にいるあの人は、メガネなんて付けてなくて、白い肌が、鋭い瞳が、そうまさに仁王君にそっくりな人が其処にはいた。
何が起こったのか全く理解できまいままでいると、遠くにいる柳生君とぱちり、と目があってしまった。彼はそれを好機と言わんばかりに、周りの女子の環から抜け出して来て私の目の前に来た。
いつもならば薄い板に阻まれている私達の距離が、今日は無い。つり上がった目に、果てしないほどときめきが止まらなくて、カラカラになった喉が、彼の名前を呼ぶ前にごくりと鳴る。

『や、ぎゅ、くん?』
「ええ、ごもっとも」
『コンタ……』
「コンタクトにしてみたんです。今日は」


嘘だ。この人絶対柳生君じゃないよ。とか思いながらも、仁王君とも思えないし、だからといってこの状況を簡単に把握出来るほど私は利口でもなくて。
彼の側まで近づいて、その顔を凝視した。その体からふわりと漂う香り、それに、シワ一つない制服のカッターシャツ。惚れ惚れするくらい綺麗なその顔立ち。
そして、何より。
私のことを離さないその、視線。


『か、……』
「か?」
『かっこいい……』
「……」


いつも、かっこいい。けど、だけど、なんだろう。すごく、すごく、胸がドキドキする。そんな私の顎を掬った柳生君が、私の唇に噛み付く。


『ひ、や、っ、ん』


眼鏡がない分、いつもよりも顔が近い気がする。やだ、呼吸が、まともに出来ない。
口の中に遠慮も、なく侵入してくる舌におかしくなる。
駄目だ。ここはクラスの中なのに、だけど、やめて欲しくないなんて考えてしまう心がいじらしい。


『な、んで、メガネは?』
「まあ、その話は置いと来ましょう」
『ええっ、私知りた……』
「其れより、貴女の頬がこのように赤い理由を私は知りたい」


私が、そうさせているのですか?
そう薄く笑う柳生君は確信犯だ。その射るような目に見つめられたら何も言えなくなって、僅かに漏れた声音で、思わず愛を囁いた気がする。
結局。これも彼の計算のうち。
また。
君の瞳に射すくめられる。




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