4 『ごめん……。ごめん蓮ニ』 「汀?」 なんで謝っているんだろう。 自分でも分からないけど、心臓が痛くて、痛くてたまらない。 とにかく口が動いて、零れそうになる涙を必至にこらえた。 『今、私は、仁王の彼女なの』 私の両耳を塞いでいる手が、少し反応した。 「蓮ニの言うとおりかもしれない。自分でも何がしたいかが分からないなんて、最低かもしれない」 しれない、じゃない。最低なんだ。だけど、それを認めてしまったら、二度と顔を上げることが出来ないような奇妙な感覚に陥り、眉をひそめたまま、私は笑った。 『だけど……仁王の傍を離れることは……できない』 生徒会室に落ちた声は、資料の間を行きかい、私の頬に冷たく刺さった。 「よかったんか?」 歩く私の手を珍しくぐいぐいとひっぱっている仁王が、背中で言った。『なにが?』「参謀に告られたんじゃろ?」『……聞いてたの?』「…………ほう、やっぱりか」あ、はめられた。 いつもなら、そう思いつつ彼を蹴ることだってできるのに、今は何故だか体が重い。 幼馴染だと思っていた彼が、私のことを想ってくれていた。ずっと。 そして、今も。 それは所謂、私が蓮ニの彼女を傷つけたことと同じだ。 『仁王』 「雅治」 『……雅治』 「なん?」 彼が振り返ることはない。 それが、今はひどく優しく思えた。 『また、私は他人を傷つけた』 「……ほうか」 『蓮ニの彼女は、きっと痛かったよね』 「……さあのう」 『蓮ニも、きっと……痛かったよね』 「……そうかのう」 不毛なやり取りを繰返しながら、私は吐息を吐いた。そう、この人に言ったって答えは返ってこない。詐欺師である彼が本当の答えなんてくれるはずがないから。 だけど。絡められた指が、一つ強くなった。 「汀ちゃん」 『なに?』 「……俺のペテンに騙されとったらええ」 『……は?』 「おまんは、俺に騙されとったらええんじゃ」 いきなり何を言い出したかと思えば、よく理解できない事を言い出した仁王に首をかしげると、瞬間的に腕を引かれ、仁王の顔が近づいてきた、と同時に唇を奪われた。 「おまんを傷つけるのは俺じゃ。……おまんが傷つけるのも俺だけじゃ」 だから、俺に騙されんしゃい。 そう言う詐欺師の言葉は理解しにくいのだけれども、ありきたりな慰めの言葉よりも私の心には響いた気がした。 読み取りにくい顔に強気な顔をしてやると、「それでええ」なんて声。 結局は、お互いに騙しあっているのかもしれない、と思ってしまうほどに。 そのときに。 ニヒルに笑う彼の声にかぶさって聞こえたのは。 「ああ、仁王。こんなところにいた」 ずきり、と響く心臓。 『っ……ゆ……』 幸村。私はそう呟く事も出来ず、息を詰まらせた。 . 戻る |