10.5



「汀に告白した。仁王、君には、負けないよ」



幸村がそう言って来た瞬間、背筋に冷たく恐ろしいものが走った。別に幸村が怖いわけじゃない。ただ、あいつを奪われることがこれ程までに恐ろしいのかと、一人でに息も忘れてその場に立ち尽くす。

こうなるように仕組んだのは俺じゃ。幸村が元々、汀のことを好きだと言うのは知っていた。まあ、本人がそれに気づいてなかったから、あんな女なんかに惚れ込んだんじゃがの。

馬鹿じゃ、幸村は。
汀がお前さんを好きなのなんて一目瞭然やったんに。……俺は、一瞬で気づいたんに。

だからこそ、俺が汀と付き合ってるふりを見せ、幸村に気づかせた。本当に好きなのは誰なんか、を。

案の定じゃ。
汀をわざと傷つけた俺に宣戦布告した幸村は、きっと俺なんかもう眼中にないじゃろな。

そう考えて、不意に苦笑が溢れた。駄目じゃ。詐欺師の名が泣く。忘れられん。あいつの顔、声、ふとした瞬間の恐ろしいほどの色気、そして、愛おしいという果てない感情。


『仁王、ごめんね』


私は酷い女だと泣く汀を見るたびに快楽に浸ったのは、その涙が俺にだけ向けられたものだったから。俺だけ、俺だけの美しい汀。
止まり木を探す愛おしい揚羽蝶。
美しく、時に残酷なほど愛おしく、狂おしい程に惚れ込んだ揚羽蝶。

それを、俺は。


『信じてたのにっ……』


自分で逃がした。


「汀……」


行かんで。
せっかく俺のもんにしたあの美しい蝶は、また俺の手を離れていく。否、俺が逃がしたんじゃ。俺と言う虫カゴにいる汀が不憫で、刹那げに笑うあいつが愛おしい分その笑みが痛々しくて。
じゃから、幸せになればええ、と。幸村と二人で、幸せになるように、と仕組んだんに。


「汀……っ、行くなっ……」


狂おしい程に愛おしい。
俺の蝶は、俺の元を羽ばたいた。
もう、戻らない。俺がそう仕向けた。それならば、この胸の痛みを忘れることが出来ないと言うのならば。いっそこの胸の痛みを愛と形容してやろう。

そしたら。
この痛みを感じるたびに。
あの幸せだった偽りの日々を思い出せるのだから。
ああ、痛い。
君を思う故の、この罪深い痛み。









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