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返事は、今すぐとは言わない。
だけど、待っていられるほど俺も辛抱強くないってことは君も知っているだろ。……だから、一週間後の放課後。屋上に来て欲しい。


幸村にそう言われた日からもう五日経ってしまった。
あの日から、会う度に綺麗な笑みで微笑んで声をかけてくれる。
まるで昔に戻ったかのような錯覚さえ起こしてしまうその微笑みは、胸に痛い。

幸村のことが好きだった私にとって、今のこの状況は、待ち望んでいたものだ。幸村に名前を呼んでほしい、と思っていた頃の私からしてみれば、もう夢が叶ったと同然だもん。

だけど。不意に目の端に映ってしまうのは、白髪の人。
また前のように女の子を傍に寄せ付けながらも愛華ちゃんと付き合っているということは風の噂で聞いた。
聞きたくない噂も、たくさん聞いた。



「お前は本当に……優柔不断だ」

『蓮ニに言われなくても知ってる』

「それでいて、残酷なほどに美しく、痛々しいほどに誰かを傷つけたくないと望む」

『……だって』

「小さい頃に傷つけてしまったから、とお前は言う。確かにそうだな」




蓮ニは妙に納得したように頷くと私の頬を撫でた。「その相手が俺ならば何もお前がこのような性格にならなかったのだろうがな」なんてこぼす蓮ニは手元の資料を一度机の上に置いた。
勘のいい蓮ニは私が幸村から告白をされたことを私の顔をみた瞬間に気付いた。翌日にばれるなんて。
今日は、無理やり的に連れてこられた生徒会室で私は蓮ニが買ってくれたミルクティーを手で転がす。




「たしか、俺と出会う前の話だったな」

『そうだね。蓮ニと会う……二ヶ月前くらいかな』





その時のことはよく覚えている。
私はとある子と約束をしたんだ。
それをこの間まで忘れていた。だけど急に思い出したのは、昨日の晩のことだ。




『その子とね、約束したの。ずっと一緒にいようねって。ずっと離れないようにしようねって』

「そうか。しかし、その相手の顔も声も性格も覚えていないとはお前らしいな」

『遠まわしに馬鹿にしないでくれるかな』




むくれていると、蓮二は「すまなかった」とだけ言い資料を見ながらもくつりと笑った。「そして、その約束を守れなかった、と言う。そうだろう?」ってそんな自信満々に言う蓮ニに反抗できない私。だって、それは当たっているから。



『だけど……約束してたのに、私は引っ越して、その場から離れたの』

「俺としては、お前が俺の自宅近くに引っ越してきたからよかったがな」

『み、耳元で囁かない、でっ……』

「ふっ。わざとだ」

『で、でしょうねっ、ひっ』




生徒会室だってことさえ忘れているんじゃないかってくらいの勢いで私の耳に息を吹きかける蓮ニから逃れながらも、私はその時のことを思い出す。
引越しすることをその後に伝えた時に、その子は、ただ一言。



「嘘吐きっ」




そう言葉を投げつけて私の前から走り去っていった。


『もう、傷つけたくない。……蓮ニだって、結局……今も、その、私が蓮ニの想いに答えてないから、傷付いて、る、でしょ?』

「そうだな。しかし、そうでもない」

『え?』




顔を向けると資料から顔を上げた蓮ニと目が合う。




「お前は何かあれば俺に相談をするようになったからな。相談をする相手とは恋に落ちやすいのがいわゆる少女漫画等の鉄板ネタだろう」

『……蓮ニもまさか少女漫画とか読むの?』

「ふっ、どうだろうな」




……なんだか蓮ニが言うと妙にリアルに聞こえてしまうからやめてほしい。だけど、蓮ニにそう言ってもらえるとどことなく心が安らいだ気がした。




「……それで、どうするつもりだ」

『……私……』




どうすれば、いいんだろうね。
そんなことを聞いても仕方がないのに、蓮ニは「お前が好きなようにすればいい」とだけ答えてくれた。
あの時、あの子を傷つけてしまった私。




「ずっと一緒に」



その声は高く、優しく、私の中に残っている。
もし幸村と付き合えたら私はそれで喜ぶんだろうか。嬉しくて、嬉しくて飛び跳ねていただろう昔を思い出す。だけど、今はどうだろう。
あの日、あの保健室で、確かに私は幸村への想いを断ち切った。

だから迷っているのか。
それとも。



「まあ、まだ時間はある。お前がしたいようにすればいい。俺の幸せはお前の幸せが叶うことだ、という綺麗事は言わないが……お前が選んだ相手ならば、正々堂々と戦おう」

『……幼馴染、として』

「よく分かっているじゃないか」



だから、今日はもう帰ったほうがいい。蓮ニが時計を見ながら言ったから、もう部活が始まる時間なのか、と気がついた。
ミルクティーありがとう、と言った時に笑った蓮ニの顔を思いながら、ゆっくりと生徒会室を出た。

手の中のあったかかったミルクティーは、すっかり冷えてしまいそうなほどに冷える空気。私はその中身を飲み干して、空をゴミ箱に捨てる。
カラン。
その音の後に、目に入ったのは。




『ココア……』



自動販売機の中で売り切れの赤い字が浮かぶココア。別に喉が渇いているわけじゃないから、買えなくて残念だ、とかじゃない。
そうじゃなくて。



「ご褒美じゃき」



そう言いながら笑う仁王のことを思い出してしまう。思い出したら、……泣きたく、なるのに。
だけど。ここで泣いても誰もなにもならない。
もし、また私が仁王と付き合うようになったとしても、今度はまた違う子が傷付く。
結局、誰も傷付かない道なんてないのかもしれないんだけど。
せめて。
「あの日」の記憶を思い出した今。誰も、もう、あんな、悲痛な声は。



「嘘吐きっ」

「……本城」



同時に頭に響いた声。
一方はあまりに鮮明だったために、振り向いた其処にいたのは。



『に……お……』



仁王は一瞬目を大きく見開いた気もしたけど、それはきっと気のせい。すぐさま何時ものポーカーフェイスで私の傍までくると、くつくつと笑う。



『……仁王』

「幸村に告られたんじゃってな。おめでとさん」

『っ、なんで、知ってっ……』

「幸村から聞いたけんのう。当たり前なり」




幸村は、いったい何を考えているんだろう。どうして私に告白をしたことを仁王に言うんだろう。
何を話したのかが気になって、でも聞けなくて。
もしかして、キスをしたことも話したの。なんて聞けない。
そのまま余所見をした私の前で首を回した仁王が息を吐いた。



「付き合わんの?」

『……なんで』

「幸村のこと大好きやったお前さんがウジウジしとるなんて意外やけんの」

『……私、は……』




私は。どうしたい。
どうしたいかなんて、私しか分からない。



『……仁王』

「なん」



前までのような関係じゃないからなのか、仁王の声は遥か低く感じられる。それはまるで今の私と仁王の距離をあらわしているみたいだ。
震える心身と引き換えに。思い出すのは。



『仁王、嘘ついて、ごめん』

「……え……」

『私、仁王を、傷つけたくない、って言った、のに……』

「……何言うてるんかさっぱりじゃ。お前さんを傷つけたのは俺ぜよ」

『違う、そうじゃないっ。……愛華ちゃんのこと好きなのに、私と付き合うなんて、苦しかったでしょ、痛かったでしょ』



違う。本当は、こんな綺麗事言うつもりじゃなかった。
「どうして、私に嘘ついたの」とか、「どうせ私なんて彼女の代わりだったんでしょ」とか卑屈めいて笑ってやればいいのに。
なのに、なのに。
仁王に、今まで貰ったのは暖かい言葉だったから。だから、それを返さなくちゃって心が言ってる。



『ごめん。にお、ごめんっ』

「……やめんしゃい」

『仁王が、支えてくれたこと、例えそれが嘘だったとしても、すごく、嬉しかったって、言いたかった』

『やめんしゃいちゅうのが聞こえんのかのう』

「だから、ね。最低な、私から最後の、仕返し」





詐欺師さんありがとう。

それだけ言って私は逃げるようにその場を後にした。
今更になって何も思っちゃいけない。
仁王のことを思うだけで、心が痛いなんて許されない。今になって、仁王が心の何パーセントを占めていたかを気付いても遅い。

もう。
これ以上、誰も傷つけたくない。

そう心で呟いたその先に、何も待っているわけがないのに。



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