7

手を離したのは自分なのに。
どうしてか。

この喪失感は。途方もなく宙をさまよう。



窓の外で鳴る音。
今まで「待っとけ」なんて言った事なんてなかった仁王が私にそう言った。あの日から、仁王のことを毎日ここで待っている。
それがなんだか妙にこそばゆくて、図書室の本にまた眼をうつす。
放課後の図書室は、オレンジの光が差し込んでいて、キラキラ。
古い本の匂いは嫌いじゃないし、何より私以外誰もいない、と思えるほどの静寂が心地よい。




『言っちゃった……な』




この図書室に来る度に思い出すのは、私が幸村に告白をしたあの日のこと。別に後悔しているわけではないけど。
好きだ、私はそう幸村に言ったんだ。それも正確に言えば「好きだった」過去形にしたのは私の想いに踏ん切りをつけるためだ。

今更だけど、自分から言ったものの、返事も聞かずに飛び出してきたからもしかして幸村は困っているかもしれない。でも、そりゃそうか。あいつにとって今まで私はただの友達だったんだから。
しかも、自分の恋の相談をするほどの。
そんな私が自分を好きだなんて、神の子とはいえ全く気付いてなかったに違いない。
どうだ幸村。
なんて、目じりに小さく浮かびかけた泪を私はぬぐった。




『終わったな』



私の三年間の想い。
それが、終わったんだ。そう想えばすごく切なくて。だけど、何度も言うように、後悔はない。

これでよかったんだ。
さすがに告白したあの日は、わんわん泣いたけど、今はもうそんなに泣くほど私は女々しくない。
大好きな幸村が大好きな人と幸せになることを望んであげたい。
その思いは嘘なんかじゃないから。

不意に、なにかの好奇心でゆっくりと図書室の窓からテニスコートを見つめる。
芥子色のユニフォームに刺す夕日と、眼に入る色とりどりの髪。
赤い髪。蒼い髪。白い髪。
そして、はた、と眼がとまる。




『……に、おう?』



これは、勘違いなんかじゃなくて。
怖いくらいにばっちり眼が合っているだけど。
白髪頭の少年は、ラケットを肩に担ぎながら、真っ直ぐに私を見ている。え、まさか私が見ているの気付いているわけ? 私は、とっさに目線を野球部にうつす。
いや、そんなはずはない。
だって仁王と目が合った瞬間、視線を急いで野球部に移したのだから。
……というよりも、なんでこっち見てたんだろう。
まさか仁王でも、私が練習を見てるなんて思わないだろうし。




『……』




そろり、そろりと。
私は、目線を再びテニスコートに戻す。
そこにあるのは、ラリーを始めた仁王。相手は……ああ、柳生君だ。全く持ってこの二人がペアなんて理解できないけど、ああやってラリーをしているのを見ていると、やっぱり息が合っている気がする。
パコン。パコン。
強い音。二人が打ち合うボールが行きかう。


そういえば、仁王がテニスをしているのをこんなに真剣に見たのは初めてかもしれない。
だって、仁王はいつも「早う帰りんしゃい」とか言ってくるもんだから。
……それに。今までは、たった一人の相手しか見ていなかったんだから。
だからなのか。仁王のテニスに胸が紅潮していく。
普段は不真面目な風貌をして、二言目には「めんどくさい」やら「動きたくない」やらを言う仁王が、こんなに俊敏な動きをするわけか。




『そりゃ……増えるわけだ』




仁王のファンが。
それを改めて実感した。
もともと、一年生の頃から、仁王はもてていた。バレンタインは、机の上が雪崩を起こしそうなくらいにチョコレートが山積み。なのに仁王は、それを受け取っても自分で食べないのだ。




「へんに期待させるよりええじゃろ」



まあ、そうだけど。
せっかく頑張って作ってきたのに、と言った時の仁王の少し困った顔は、何故だか今でも忘れない。私達が付き合うようになった後も、私は何度も女の子に睨まれた。

その度に、申し訳ない気分になっているのは、否定しない。
だって、仁王にとってこれは確実に「遊戯」だから。

きっと彼なりに私を慰めようとしてくれているのだ、そう思っていないと、自分の最低さがたまらなくなる。

そういえば、私が仁王と付き合ってもうすぐで一ヶ月がたつ。そう、ちょうど明後日で一ヶ月。
なんだかんだ言って月日がたつのは早いものだ。
ということは、私達の関係も残り一ヶ月ということか。

あれ。
なんでだろう。

……なんだか、気分が悪い。

私は、もう幸村を諦めた。
自分の想いをすっぱりとあの日切ったから。だから、仁王と付き合うことになんの負い目を感じる事もないのかもしれない。

だけど。仁王は本当に私を好きなわけじゃないわけで。
そもそも私たちは、相思相愛で結ばれたカップルじゃないから。なにを考えているのか分からない仁王が私に持ちかけてきたその事案に私が乗っかっている状態だから。

自分の気持ちを騙し。
相手の気持ちを騙し。

詐欺師と呼ばれる彼の優しさに甘えている。
もし、もしも。仁王が本当に私のことを好きだと、そう想っていたのならば。……今更ながらに私は、なんて最低なことをしてきたんだろう。

私は、結局、幸村をすっぱりと諦めても最低なことにかわりはないわけか。答えがそこに行き着いた頃には、仁王のラリーは終わっていた。



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