「あ、そこ絵の具あるから踏まないでね。まあ、君に踏まれるなら絵の具も本望かな」


そんなことを言われたから、とりあえず全力で避けてみた。学校に着いた私をある意味無理矢理連行したのはテニス部部長でお花大好きな幸村君。美術室なんて来るのは本当に滅多に無い。選択授業で美術を選択したら週に1度はこの部屋に来ることになるんだけど、残念ながら私は美術でも音楽でもなくて、家庭系に興味があったからそっちに選択したのだけど。つまり、この部屋に来るのは1年生の頃以来になるわけだ。よく分からない顔が何個も飾ってあったり、かと思えば綺麗な花の絵が飾ってあったり。その中で、妙に目が離せなくなる作品が一つ。


「俺は、この隅が好きで……って、あれ、どうしたの?」
『え、あ、いや……あの』
「うん、どうしたの?」


笑顔の脅迫か。
じゃなくて、とりあえず、見つめていた絵を指しながら、私はその場にちょこんと座った。


『この絵好き』
「……へえ。どこが?」
『え、わ、私よく分からないけどさ……』


そこに描いてあるのは、すがすがしいほどに澄み渡った空と、その下に広がる草原。奥行きのある構図になっていて、きっとこの作者は空を見ているアングルなんだろう。緑の先は青に繋がっていて、ふわりと舞う草の一本一本がキラキラとして見える。どこか遠くに飛び立っていきたくなる。開放感。ううん。何ていえばいいか分からないけど、とりあえず。


『……んー、ほら、なんか、すごく未来に羽ばたくぞっ、て感じが』
「正解。この絵の題名は『未来』」
『あ、ほ、本当ですか、うわぁ、びっくり。……って、え……もしかして』
「そう、俺が描いたんだ」


不意にその絵をそっとなぞった彼は、すうと瞳を細めた。


「勝つことが確かに全てだけど、そうじゃないって教えてくれた子がいてね」


それを教えられた後に描いたんだ。そう言う幸村君の顔が少し幼くなった。勝つこと、ってことは部活関連のことだろうか。私には彼の部活のことが全く分からないからなんとも言えず「へえ」と可もなく不可もない返事をすると、幸村君は特に何も突っ込んでこなかった代わりに、どうも機嫌はよかった。どうしてそんなにニコニコしてるんですか。なんてとりあえず聞いてみると、「君が俺の描いた絵を好きって言ってくれたから」なんてさらりと言われたために、聞いた事を反省したい。ううむ、中世的な幸村君はどうも絵を描くのもお好きらしい。テニスにお花にお絵かきに。まるで私よりもお嬢様じゃないかと内心思いながらもそれは口にしないことにした。



05



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