04






 ミホークにつられるように半歩後ろを歩きながら、そういえば、宿は一人部屋だったはずだなとマリアはぼんやり思い出す。一人旅なのだから当たり前だが、ただでさえ背が高い男を連れ込むには狭すぎる。
 いや、それ以前に彼はどこに向かっているのだろう。

「ねぇ、どこ行くの?」
「おれの宿だ」

 予想はしていたが、冷たい夜気が火照った頬を冷まし、理性が少しずつ帰ってくる。本当にいいのだろうか、このまま彼にくっついていっても。

「…私も一応…宿取ってあるんだけど」

 これが歯止めになるならそれで、と思った。あなたのところに転がりこまなくたって大丈夫なのよと。
 ミホークが立ち止まってマリアを見る。…と、その瞬間。

「えっ!? ちょっと!!」
「案ずるな。いまさら拒否権は無い」
「それ言葉の意味噛み合ってない…!! じゃなくて、下ろしてよ!!」

 肩に軽々と抱えあげられてじたばたするけれど、さすがは剣士。所詮女の力ではまったく歯が立たない。
 せめてもの反撃に盛大なため息を吐いてやると、姿勢が変わって、姫抱きになった。

「おれが相手では不足か」
「な、そんなんじゃなくて……本当にいいのかって思ってるだけよ」

 降ってくる金色と目が合わせられなくて、なるべく顔を見ないように反駁してみるけれど。
 ミホークは、鼻で笑ったようだった。よどむことなく進んでゆく歩みに、お互いの立場を考えて悩んでいるのはマリアのほうだけなのかと少しがっかりする。
 とりあえず今は、ムダな抵抗はやめておこうと思った時には、薄暗い部屋の戸をミホークが蹴り開けていた。



 何か言う前にベッドに放られて、背中と後頭部に柔らかく上質な布団が当たる。さすがは七武海、部屋のランクが違うらしい。
 いや、今の状況はそれどころではない。

「ちょっ、ほんとに待ってってば…!!」
「…まだ何かあるのか」

 ここまで来ておいて、とでも言いたそうなミホークが、黒刀を背から外して立てかける。

「あるに決まってるじゃない、一応敵同士なのよ? 私たち」
「それがどうした」
「…それがどうしたじゃなくて。いろいろ後から面倒じゃないわけ? 立場だの何だのって」

 だいたい女なら他にもいるじゃないの。

 自分で言っておいて何だが、猛烈に気分の悪くなるセリフではあった。胸が、まるで胃酸が這い上がってきたかのように焼けついて気持ち悪い。

 ベッドが軋んで、押し倒される。マリアの肩を押さえてのしかかっているミホークは明らかに不機嫌だった。

「それはおれを貶めているのか、それともお前自身か?」
「……そ、れは」
「いずれにせよやめておけ。的外れだ」
「………え?」

 ミホークの鋭い目線は今度こそマリアを捉えて離そうとしない。滲む覇気に気圧されまいと見返すと、肩を押さえていた手が、頬と顎のラインをなぞる。
 威圧感とは裏腹に優しいそれに、マリアは目を細める。

「おれが誰とでもこうすると思うのか?」
「………でも」
「もう話すな。いまは明日など忘れておれだけを見ていればいい」

 思考を禁じる熱を持った言葉に瞠目する。
 分かっている、そこらの女と遊びまわるようなひとではないのだと。
 彼は意味ある行為しかしない。だからこそ寡黙で、直接の関わりは薄くなりがちだろう。
 だがその指が、手が、為すひとつが。紡ぐ言葉ひとつが、あまりに大きな力を持っている。
 マリアが内にしまい込んできた感情を揺さぶって、目覚めさせてしまうくらいに。

 もはや向き合わぬ術などなくなった。

「………ミホーク」
「ようやく呼んだな」

 そして重なった唇のぬくもりが嬉しくてたまらない自分がいて。
 懊悩も不安も投げ出して抱きつけば、絡まる腕の力も強くなって。

「マリア……」

 耳の奥から脳髄まで揺さぶる低い声に、溺れてしまおうと、たくましい背を抱く手に力を込めた。




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