03






 あれから数年―――シャンクスとも、ミホークとも、それっきりだった。
 海軍とやりあっては逃亡する生活を送るマリアは、この数年は特にせわしなく、グランドラインのあちこちを飛び回っていた。
 シャンクスは自由に海を旅しているのだろうし、ミホークに至ってはごくまれに海軍の情報をキャッチすると、その動向がかすかにわかる程度。
 広い広い海の上では偶然会うことさえ難しい。
 もともと、受け入れられないはずのお互いだ。マリアはそう割り切ろうと決めた。
 決めた―――つもり、だった。


 ***



 酒が入れば口も緩むのか、それなりに話はできた。
 ミホークが無口な分、うるさいおしゃべりにならなかったことはマリアにとってもありがたいことだった。

「それにしても、不思議よね。革命家と七武海なのに一緒に飲んでるって」
「そうでもなかろう」
「そう?」

 私を捕まえたら1億7000万よ?…とマリアはうそぶいてみるが、ミホークが金に執着するわけもない。

「金に興味は無いが…捕まえてみるも悪くはなさそうだな」
「…それならこっちも、いろいろ覚悟を決めなきゃならないんだけど」

 さすがにマリアも七武海を相手に呑気にしていられない。少し警戒も込めて返すと、ミホークはほんの少し苦笑した。

「そう構えるな。酒の席で抜く趣味は無い」
「…そりゃそうでしょうね」
「お前は意味がわからないのか?」
「…? 何の……?」

 話が見えなくて身を乗り出したとき、突然ミホークが右手でマリアの髪に触れてきた。
 さらり、と弄ばれる黒髪。…その触れ方は決して嫌なものではなくて、マリアはされるがままになっていた。
 そういえば、ミホークが誰かに自ら触れるなど、めったに無いはずのことではないか。

「…酔ってるの?」
「この程度では酔えん」
「だってなんか……いつもと違うじゃない」

 利き手で他人に触れるなんて。
 剣士にとって手指は命。無防備な真似を戯れにするような男ではないだろう。
 マリアは、髪をいじるミホークの手に触れてみた。男らしい大きな手。触り心地はざらつくけれど、皮膚の下に鍛えあげられた筋肉が息づいているのを感じる。
 自在に剣をあやつる、しなやかな力強さだ。
 ああ、この手も好きだ。金色の目と同じくらいに。

「マリア」
「なに…?」

 ぼんやりしたまま返事をしたものの、我にかえってマリアは気づく。彼が名前を呼んだ? シャンクスのことさえ赤髪と呼ぶのに。
 早鐘を打ちはじめる心臓が気にくわない…

「マリア」
「………!!」

 もう一度呼ばれて反射的にミホークを見てしまったマリアは、意外なほど彼がまっすぐに見つめてくるのに驚いた。
 今までも真っ直ぐ、己が道を進んできた男なのだろうけれど。
 でもそんな目で見ないでほしい。心臓は今にも破裂しそうに高鳴っている。頬が熱くてたまらない。
 堪えきれず背けられたマリアの顔を、添えられたミホークの手が引き戻す。逸らすなとでも言いたげに。
 その強引ささえ拒む理由にならなかった。

「場所を変えないか」

 本当に彼は酔ってるんじゃないだろうかと考えて、やめた。
 酔っているのはマリアのほうだ。
 それも酒じゃないものに酔っている。
 意味が分かってなお拒みたいと思えないのだから。

「…いいわよ」

 若干かすれた声でマリアがうなずけば、ミホークがまた笑った。
 ああもう本当やめてほしい。朝まで心臓が持たないではないか。
 文句のひとつも言ってやりたかったけれど、強く引き寄せるように立たされて、それもできなかった。




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