03






 ―――或る島。
 正しくは島ですらない。地図には載ってもいない。とうの昔に抹消されている。
 ここは失われた場所だった。
 岩肌が露出している島の上に、生命の気配は感じられない。

 その島には昔、病院を模した研究所があった。
 すでに朽ち果て、崩れ落ちて、原形をとどめる場所はわずかだ。今こうして椅子に腰かけているこの部屋にも、天井と壁の一部がない。
 ぎしりと背をあずけている古びた椅子がきしんだ。
 ここは懐かしい場所だった。生まれたところは知らないが、育った場所はここだ。多くの、同族がいた。似たような境遇で、似たような扱いを受けていた連中。
 今はもはや自分と彼女、二人しか生きてはいないのだが。

 座った椅子を後ろにかたむけて、夜空を見上げる。

 白い前髪の隙間からのぞく紫の空には、降りそそぐように星がきらめいていた。

 そういえばこの場所で夜空を見上げるなど、初めてのことかもしれない。
 昔は天井があった。壊れたときは見上げている余裕などなかった。
 逃げ出すのに必死だったからだ。

 島は当然の如く周りを海に囲まれていて、能力者だった自分と彼女が逃げることは至難だった。燃え上がる研究所を背に、漂流同然に海に出た。
 その途中で、はぐれた。だがもう一度会うべき場所は互いに決めてあった。だから心配はなかった―――生き延びることさえできれば。
 そして幸か不幸か二人とも今も生きている。一応は。

 研究所の連中は、自分たちを侮りすぎた。
 能力者は泳げない。それは事実だが、そんな制約と周りの海だけで、自分たちに永遠に足かせをつけられたと思い込んでいたのだから、おめでたいとしか言いようが無い。
 泳げなくても死ぬわけではない。そして海の脅威には、自分たちの意思をも上回るだけの抑止がなかった。

 彼女は重力を操ることができるが、自分の能力はもっと特異で、精神に働きかけるものだ。
 食べさせられた悪魔の実の名前は知らないが、名付けるとしたら「ユメユメの実」とでもいおうか。
 対象者に、意図する夢を見せることができる。それが自分の能力だ。
 夢を見せるためには当然、眠ってもらわなければならない。だが生物は睡眠を欠いては生きられない。そして眠っている間に見る夢の影響は大きい。

 夢を見ている間は、それが現実。

 夢と本物の現実との区別がつかなくなり、廃人になった奴を何人も見てきた。

 そしてこの能力は、他者に夢を見せる、これだけでは留まらないことを使い慣れるうちに知った。
 人間の精神は、ある奥底の部分で繋がりあっているという。そこにもぐりこみ、複数者間にある共通点をくさびにすれば、複数の人間に同時におなじ内容の夢を見せることもできる。
 これを応用、さらに現実と夢の境界をあいまいにするというリスクを冒して、現実にある程度夢を投影することができるように改良したのだ。

 しかしこれには致命的な欠点があった。現実に夢を投影している間は、自分も眠っていなければならない。
 投影する夢は、自分自身の夢でなければならず、そして現実との境界をあいまいにしてリアルにするために、過去の再現を行う。
 …うっかりすると、自分も夢にもぐったまま、帰ってこられなくなる。

 帰ってこられなくなれば、自分は廃人。
 現実に投影された夢はそのまま残るのか、さらに広がるのか、それともなくなるのか―――不明なままだ。
 帰ってくる方法はひとつ。夢から醒めること。
 つまり、起きることだ。

 また、古い椅子がきしんだ。
 木製の椅子は海風にさらされて、色は剥げ落ち、あちこちの留め金もさびついて、今にも分解しそうだった。

「さあ、早く来てくれよ」

 こっちはずっと待っているんだ。
 待ち人は、このユメユメの真骨頂を試すに相応しい相手だ。彼はいったいどこまでたどり着けるだろうか?
 命がけで挑むに値する者だと、早く証明してほしい。
 吹きすさぶ海からの風に、白い髪が揺らめいた。




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