02






 船医は、周囲の島から設備がありそうな病院を探すために医務室を出て行ったが、三人はそのまま見張りを兼ねてその場に残っていた。
 すぐそばには、白いベッドに寝ているマリア。
 見遣るその姿は、本当にただただ眠っているだけにしか見えない。声をかければすぐにでも目を覚ましそうだ。
 だがそれをあえて試してみる者はここにはいなかった。
 感傷にひたる暇は、ない。

「…だが何であいつはマリアを襲ったんだろうな」
「……逆恨みなど、よくある話だが」

 嘆息混じりに言うミホークは、当然その可能性も考えてはいた。残念ながら人望があるとは言い難く、その上「世界一」の座は無用な挑戦を呼び込んでくるものだ。斬り捨ててきた連中は数知れない。当然、そんな連中の顔など憶えていない。
 ある程度腕が立つような者なら記憶の片隅に引っかかっていてもおかしくはないのだが、あの男には見覚えが無い。
 シャンクスも同様、まるで記憶に残っていない顔だった。忘れているだけなら、ベックマンが憶えているだろう。

「いや。今回はおそらく逆恨みとは違うんじゃねェか」



 ミホークやシャンクスへの逆恨みでないのなら一体何なのだと、シャンクスがため息をついたとき、ベックマンが煙草の煙とともに静かに言葉を紡いだ。

「…逆恨みじゃねェってのは、どういうことだ? ベン」
「ああ…おれは、もしマリアが知らねェ男に襲われたら「やめて」とは言わねェんじゃないかと思ったんだが。違うか?」

 ―――あのとき。
 たしかに、マリアが「やめて!」と叫ぶのを、廊下にいた三人ともが聞いている。
 革命家のマリアが見ず知らずの男相手に、それも危害を加えようとする者を相手に言う台詞にしては、違和感があった。
 だいたい、そこらの男では相手にならないのだ。もし相手が悪魔の実の能力者なら、なぜ同じように能力で対抗しようとしなかったのか。

「…抵抗できなかったか、あるいはしなかったか、だな」
「まァ推論だが、ただの敵じゃなかったってことだ。そしてもしあいつがマリアを知っていて、マリアもあいつを知ってたなら?」

 マリアの知り合い…そうなれば、おおよその答えは見えてくるというものだ。
 海賊ではないだろう。海軍の手のものにしてはやり方が随分まどろっこしいし、やめてと言える知り合いがいるとは言い難い。残る可能性といえばひとつ。
 認めがたい気持ちは、どうしようもない。

「―――相手は革命軍だと?」
「…まァ、そう考えるのが自然だな。"味方"ならマリアでもそうそう本気でやれねェだろう」

 それは、ミホークがある意味で最も恐れていた可能性だった。
 七武海であるミホークだが、革命軍と正面切ってぶつかったことはまだない。渡り合うことに恐れなど無い。胸の内で怖れていたのは、そんなものではない。
 唯一の恐れは、自分のせいでマリアが革命軍から排斥されることだった。
 彼女が革命家としての生き様に命をかけようとしていることくらい、ミホークにも十分にわかっていた。それがなくなってしまう。誇りを、奪われる。命をかけようとしていたものから、拒絶される。
 暇さえあれば新聞に目を通していた姿を思い起こす。
 マリアから革命を奪うことは、剣士から刀を取り上げてしまうようなものなのだろうと、ミホークは解釈していた。
 七武海という立場、革命家という立場…そんなものは互いの感情の間には関係ないものと、思っていた。
 もし何かあるならばこの手で守ると思っていたにもかかわらず、結果はこのざまだ。

 …ただ、ひとりの女として愛したいだけなのにそれすらも世界は赦さないのか。

 ミホークは帽子のつばに指先で触れて、それを少し押し下げる。
 もしこのままマリアが眠ったままだったら―――
 それは彼女の死よりも過酷だと、痛いほどに想像できた。

「…鷹の目、マリアから何か聞いてねェか」
「…仕事のことは、何も聞いていない」
「……そうか」

 ミホークの性格上、あまり期待もしていなかったのだろう。ベックマンもそれ以上突っ込んでくることはなかった。
 しかし革命軍が相手ということになれば、あまりにも手掛かりがないのも事実。革命家は世界中に散っている。クーデターが起こっている国はグランドライン内でさえ数えきれないほどある。あのわずかな容姿だけを頼りに探し出すには、心もとなかった。
 何かないのか。三人が三人、思索の中でその答えを手繰り寄せようと考え込んだとき、ふとミホークは宿で見たもののことを思い出した。
 あの時はマリアとの関わりが壊れかけていて、あまり気にすることもなかったのだが、引っかかったのは確かだった。
 そしてレッド・フォース号に乗る直前、マリアはなぜわざわざ雨の中に出ていたのか。
 引きずり出した記憶は途端に広がって、そこにあの白っぽい男の姿が重なる。それは水面に起きた波紋のように響きあって融和していく。

「……マリアのトランクはどこだ」
「トランク? 部屋にあるが…持ってこさせるか?」
「ああ。すぐに頼む」

 マリアの私物がぎっしり詰まっていたあのトランク。彼女の唯一の持ち物。
 ミホークの記憶が正しければ、最後の頼みの綱は、おそらくこれの中にあるはずだった。




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