1.5






 眩しい、と思ったとき、ざあ、と波が打ち寄せる音が聞こえた。
 目が痛くなるくらい、明るい。空はとてもよく晴れていた。航海日和の青空。頬をなで、髪をたなびかせる風を受けて、船が悠々と海を走っている。
 マリアは船の甲板にいた。
 広々とした甲板は馴染み深いものだ。今いる場所から何歩で舳先まで行けるか知っているくらい。
 舳先には、やはり馴染み深い真紅の髪が揺れている。

「あ、シャンクス…」

 呼びかけると、小さい声だったのに気がついたのか、太陽と同じくらいあたたかい笑顔がこちらを向いてくれた。

「なんだマリア、どうかしたのか?」
「え?…ううん、何となく…呼んでみたかっただけよ」

 変なマリアだなと言いながらもシャンクスはまた笑って、マリアの頭をなでる。
 慣れた仕草、慣れた感触―――
 そのはずが、何か違和感を感じた。

(……?)

 なんだろう。
 小さい頃から、シャンクスがマリアの頭をなでてくれることは何度もあった。
 ベックマンやヤソップ、ルウ、他のクルーになでられたこともあったか。
 もちろん、育ての親に近いレイリーになでられたことだってある。
 皆、その力強さだとか、体温だとか、手触りだとか、そういった違いがあるので、マリアはだいたい誰がどんな手をしているかは分かっているつもりだし、憶えている。
 だが何か……うまくはいえないが、今のシャンクスの手は、何かが違う気がしたのだ。
 別な誰かの手を思わせるような。
 いや、それも違う。
 マリアが、誰かの手を思い出そうとしたのだ。

 だがマリアはそこで首をひねった。シャンクスに触れられて、他の誰かを思い起こしたことなど無かったのに。

 彼よりも自分に近い人など、いないのに。

「マリア、どうしたんだ? 眉間にしわが寄ってるぞ」
「!?…そ、そう…?」

 眉間をごしごしとやられて思わず戸惑う。お前に困った顔は似合わねェ、とシャンクスは言った。
 考えすぎ、だろうか。
 マリアの世界は、この船とレイリー、そして革命軍で出来ているようなものだ。

「…何でもないわ」

 口ではそう言ったものの、なんだか大事なことを見逃しているような気がして、違和感はぬぐえないままだった。
 改めて甲板を見回してみるが、特になにも異常はない。
 少し離れたところでは、ベックマンが煙草を吸っているのが見えた。

「ねえ、シャンクス…」
「なんだ、マリア」
「ちょっと歩いてきてもいい?」

 目を瞑っていても歩き回れるくらい知りつくした船である。今更のようにそんなことを言いだしたマリアに、シャンクスは少し驚いたようだったが、かまわないと言ってくれた。
 甲板のへりを手でなでながら、マリアはゆっくりと歩き出す。
 空から明るく日が差し、青い海には光の破片が散りきらめいている。海原には島影は見えず、大海の真ん中を航海していることが知れる。
 そういえばこの船はどこに向かっているのだろう。
 さっきシャンクスに聞いておけばよかった、と思ったとき、強い風が吹いてきた。
 ぎし、とマストがきしみ、帆があおられる。ぐらぐらと揺れる船に足元がふらついて、マリアは甲板のへりをぐっと掴んでこらえた。
 顔にまとわりついてくる髪をおさえて、マリアがまた海の向こうを見ると、遠くの空に黒雲がうごめくのが見えた。いつの間に発生したのか。

「………」

 遠い黒雲に稲光が見えて、ひどく不安にかられる。雲に背を向けて、へりに腰をあずけたとき、ふと自分の身体が妙に軽いような気がして、マリアはあわててへりから離れた。
 今、能力は使っていない。無意識に発動しているような馬鹿な真似はしていないはずだ。
 する、と腕が身体をつたい、腰のあたりで止まる。腰にやった指先に、繊細な糸の感触が伝わってきた。
 腰帯、だ。黒地に唐草と椿。金糸と朱で縫いとられた見事な花が咲いている。
 いつからそれをつけていたのかは、思い出せない。
 腰帯は何かを支えて留めておくためのもののようなのだが、腰には帯の他は何もなく、何だか奇妙な感じだった。
 何か……腰につけていただろうか? それを置いてきたから、身体が軽く感じられたのかもしれない。だが普段から武器はあまり携帯しないためか、憶えが無い。

 首をかしげるマリアの向こうで、黒い雲がその姿を徐々に船へと近づけつつあった。




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