02
半ば無理矢理に近い形でレッド・フォース号の中に連れて行かれたマリアを、ミホークは黙したまま見送っていた。
―――ここに来れば、針の筵になるだろうことは分かり切っていた。
それでも無理に断らずに、こうして彼女をここへ上げたのは、それがマリアに最善と思ったからだ。
振り向いたマリアの顔は、不安げな、しかしミホークを案じているようでもあった。
ようやく、少しだけ繋がった互い。
離れがたい、そしてどんな男にも触れさせたくないという想いと、何が彼女の為かという理性とが、煩悶してぶつかりあうのは、これで何度目だろうか。
「……鷹の目」
「………」
呼ばれて、目線だけで応えれば、そこにいたのはベックマンだった。
白くくゆる煙草の匂いが、鼻をつく。ベックマンは煙草を片手に持って、ふう、とゆっくり煙を吐き出した。
「…まったく、あの人もあの人だが…お前もお前だな」
「どういう意味だ」
「いつの間に手ェ出してた」
マリアのことだろうと、皆まで言わずとも知れた。話すほどの手など出せていないつもりだが。
ミホークが目を背けると、ベックマンがまた白く煙を吐く。
「おれはとやかく言わねェつもりだが…あいつは、おれたちの家族みたいなもんだ。あの人は多分黙ってねェと思うが」
「…知っている」
「本気なのか?」
言葉は短かったが、その声音には淡々とした中にもはっきりした答えを求める鋭さが、感じ取れる。
家族みたいなもの…マリアと赤髪海賊団がどんな繋がりを持っているかなど、ミホークが知るわけもなかったが、かのベックマンさえ、こうして念を入れに来るほどだ。
しかし―――問いに明確に応えることは、躊躇われた。
今も彼女を思い、案じているし、彼女の肩に触れて一緒に行ったシャンクスには嫉妬じみた感情が浮かび上がっている。
だがその想いさえ、ぶつけた途端に、彼女自身を壊してしまいそうな、危うさを感じるのだ。
「……鷹の目?」
「今は、訊くな」
曖昧すぎる返答であったが、ベックマンはそれにも敢えて何も聞き直さず、ただまた白い煙をくゆらせただけだった。
ミホークの、そしてマリアの様子から、何かを感じ取ってくれたのかもしれない。
マリアのトランクを持ったベックマンは、お前も入れとだけ言った。
まだ雨は、やむ気配がなかった。
***
熱い湯に身体を沈めて、マリアは大きく息を吐き出した。
びしょ濡れになった肉体にとって、温かい湯船はたしかにありがたかった。
だが色々なことが気になりすぎて、ゆったり浸かっている気には到底なれなかった。ミホークのことも、シャンクスのこともだ。
胸騒ぎがして落ち着かない思考をなだめようと、マリアは軽く昔のことを振り返ってみた。
今こそこうして革命家として活動しているマリアだが、思い起こしてみれば、ほんのわずかでも違う道を選んでいたとしたら、海賊として生きていてもおかしくはないのだった。
漂流していたところを拾ってくれたのはレイリーで、幼い頃から何だかんだと構ってくれたのがシャンクスたちだ。海賊にこそなっていないものの、彼らの存在がマリアを大いに支えてくれたことはたしかだった。
鷹揚で明るくて、優しく―――そして誇り高い人たち。
彼らに出会わなければ、世界政府への憎しみひとつで生きていかなければならなかったろう。
そうならずに済んだことに、少なからず感謝の念を抱かずにはいられなかった。
だがミホークからマリアをひっぺがさんばかりにここまで連れてきたシャンクスに、多少なりとも違和感を感じたのも事実だった。
シャンクスが言いたいことは、何となくわかる。
心配だとか、不安だとか、あとは焼き餅のようなものも少しあったりするのだろうか。
マリアとて子どもではないし、男をまるで知らない生娘でもない。
ミホークが間違いなく特別な存在だという、ただそれだけで。
ただそれだけと、そう言ってしまえばそうではあるが、こうしてたった一人のことだけを常に考えつづけているなど初めてのことだった。
嬉しくても、悲しくても、たとえどこにいても、ミホークのことが忘れられないのだ。
「………」
顎先まであたたかな湯にひたしていたマリアは、ばしゃりと顔にお湯にかけて、背筋をのばした。
―――やはり、嫌な予感がするような…ミホークを想うがためばかりではなく、何かが起こりそうな気がしてならない。
早めに出たほうが良さそうだと、マリアは湯船から立ちあがって、傍に置いておいたバスタオルを手にとった。
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