02






「…黒電伝虫の持ち主はお前だな」
「そのとおり。内容を聞いてれば、どうして電波を流したりしたか分かるでしょう?」

 マリアが手をくいっと動かすと、建物も重そうにぎしぎし動いて、また傾いた。

「…いや、分からねェな。海軍の不祥事なんざお前らにとっちゃ都合のいいもんだろうが。それをどうしてわざわざ通報した」
「私は、この島を穏やかなままにしておきたいだけ。そっちも、クーデターを起こすような事態になる前に取り押さえられて、有難いはずよ」

 しばし、沈黙。
 マリアとしても、これは賭けのようなものだった。数日前の新聞で、スモーカーがこの近海に来ていることを知り、彼ならば交渉に応じるかもしれないと考えた故の行動だったが。独自の正義を貫いているスモーカーが、果たして敵である自分の言葉に耳を貸すのかどうか。
 唯一合致しているのは、一般人を巻き込むことなく、島を平穏無事に導きたいという思いであった。
 マリア一人が組織を叩き潰すことは容易い。しかし問題なのはその先、悪事を監視して、治安を維持していく組織がこの島には真に必要なものだ。それは個人単位ではかなわない。
 革命軍がここを管理できるようにする為には、時間がかかりすぎる。
 革命軍にとって、守るべきは無辜の民だとマリアは思っている。世界政府が「民」と認知しない、諸々の人々をも含めているだけで。

「……つまりあいつらを手渡す代わりに、お前は見逃せとでも? そんな条件をおれが承知すると思ってるのか?」
「あら、ただの順番よ。最初はあっち。次が私」

 スモーカーが、新しい葉巻に火を点け、口にくわえる。

「たしぎ、先に行ってあの馬鹿どもを捕縛してろ」
「は、はい!! でも准将は!?」
「おれはこいつを片付けてからだ」

 たしぎは一瞬、躊躇したようだったが、後ろに海兵たちがいればスモーカーも戦いづらいと判断してか、彼らを引き連れて塔の方へ走りだす。
 マリアの横を通り過ぎようというとき、たしぎが小さくも確かな声で言った。

「"夜桜"、必ず回収しますから」

 マリアはその姿を視線だけで追いかける。何があったか知らないが、あの曹長もどうやらただの刀バカではなさそうだった。
 "夜桜"を渡してやるつもりなど、毛頭ないが。

「どういうつもり?」
「ふん。てめェの言うことももっともだろうが、おれが納得しねェ。ただそれだけだ」
「それは残念。嫌いじゃないわ、そういうのも。でも今は急ぎなのよね」

 すでに夜は明けかけていた。
 マリアは浮かせていた五重の塔を、壊れないように地面に下ろす。ズン…と鈍く響く振動。それを合図にしたかのように、真っ白な煙がマリアの視界を埋め尽くす。
 煙そのものがスモーカーでもあるのだろう、明らかな意思を持って向かってくる白煙は、しかしマリアの目前で透明な壁にぶつかり停止してわだかまる。

「その程度じゃ、届かないわ」
「どうだかな!」
「!!」

 頭上から聞えた低い声。マリアが"夜桜"を抜くと、スモーカーの十手が激しくぶつかり火花が散る。

「たしかにいい刀だ、ヒビ一つ入らねェ」
「あの曹長さんに言っといてくれる? 武器は持つべき人が持ってこそ意味があるってね」
「ならてめェにゃ似合わねェな」
「刀なのに生涯ガラスケースの中にいろとでも?」

 "夜桜"と十手が弾きあって、二人の距離が開く。
 持つべき人が持ってこそ―――マリアの脳裏に、待っているだろう男の姿と、彼の手におさまっていた黒刀が思い浮かぶ。"夜"は、あの人にこそ相応しい。
 そして"夜桜"は、彼がマリアにと見立ててくれた、刀なのだ。
 たとえ死んでも手放すつもりはない。
 マリアは手にかかる重みを握りしめ、"月歩"で屋根の上へと跳躍した。

「逃げられると思ってんのか?」
「今は急ぎだと言ったでしょ。続きはまた今度」

 マリアも手加減して戦えるような相手でもない。意識の枷を外して能力を発動させると、黒い稲妻のような光が大地にヒビのように走って、ばきばきと音を立ててスモーカーの周囲がへこみはじめる。

「ぐ……っ」

 通常の何倍もの重さに変化した十手と、そして自分自身がスモーカーを蝕んでいく。まだ死ぬほどでもない、だがこのまま無理に動けば骨の数本はイカれそうだった。スモーカー自身が"煙"であるにもかかわらず、重さがほとんどないはずのそれでさえ、地面に吸い寄せられてしまう。
 自然系の真骨頂が肉体的なダメージを無効化することであるなら、超人系はその能力の汎用性の高さか。ものを軽くもできれば重くもできる。鍛えればその範囲もまた自在―――実際、重さの変化が起きているのはスモーカーの周りだけで、近くに建つ家々に被害はない。
 億を超える賞金額はそのまま危険度をあらわしているようなもの。スモーカーが重みに逆らって屋根の上を見上げたとき、マリアは刀をおさめて、"剃"で遠くへと駆け出すところだった。




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