01
終焉へのカウントダウンでも構わない、此処にいるのはもう飽きた
マリアは、黒電伝虫につながっているアンテナを、塔のてっぺんにくくりつけた。今までは手に持ったまま方向を確かめていたのだが、もうすでに目当てのものには傍受されているようだった。
あとは、マリアが下を制圧するのが早いか、軍艦が来るのが早いか、時間との勝負になる。軍艦が来るまでには、証拠を隠されないために下の連中を適当に叩きのめしておかなければならないし、呑気に悪だくみを話しこんでいる奴もここに足止めしておきたいのだ。
海軍の上官―――階級は中佐らしかった―――と、悪党の幹部どもはこの部屋へそのまま閉じ込めてしまうつもりだった。
マリアは、窓から見える部屋の扉へ向かって能力を放つ。びしり、と壁にひびが入って、室内の男たちが何事かと振り向いたが、もう遅い。
扉が歪んで開かなくなったことに気づくまで、そう時間はかかるまい。マリアはアンテナと黒電伝虫をそのままにして、今度は外壁を下り、幹部どもを閉じこめた下の階の廊下へ窓から入り込んだ。
窓へ入る寸前に振り返るが、アヤメの宿がある辺りに、未だ赤い炎は見えない。
逡巡の果てに選んだ結果……もはや引き返せないが、焼き討ちの火の手が見えないということは、間違っていなかったのだと信じていたかった。
ともすれば延々と浮かぶ良くない想像を、頭を振って打ち消す。今は懊悩している場合ではない、早く終わらせて、ミホークのもとへ帰らなければならないのだ。
(約束…したから…)
必ず帰ってこいと言った貴方を信じた。
ようやく、マリアの中で確たるものとなった想いは、背中を押す。
階下は、すでに騒ぎになりつつあった。
***
夜が明けかけて空が白みはじめた頃、スモーカーとたしぎを乗せた軍艦は、黒電伝虫の電波をとらえた島の港へ入っていた。
誰が何の目的で、黒電伝虫の電波を流していたのかは未だ不明のまま。だが電伝虫から聞えてくる音は、部屋に閉じ込められたらしい男たちのどなり声や、複数の人間が走り回る音、銃声、そして不明な轟音…と穏やかになることはなかった。
スモーカーは、この島担当になっている中佐の書類をゴミ箱へ放り込み、艦を降りた。
街の中はまだ薄暗く、人も少なかった。人々は騒ぎを知らないのか、物珍しげにスモーカーたちをちらちらと見ている。
黒電伝虫から得た情報とはあまり結びつかない反応。朝霧が立ち込めているせいで遠目も効かず、スモーカーが苛立たしげに煙を大量に吐き出したときだった。
「遅い」
「!!」
霧の中にぼんやりした人影が浮かび、徐々にはっきりと形を現わしていく。姿を暈していた霧がわずかに揺らめいて、たしぎが誰何を問おうとしたその時だった。
「ホワイト・アウト!!」
「!? 准将!?」
スモーカーの両腕が真っ白な煙に変わり、凄まじい勢いで霧の中へと潜り込む。霧が蹴散らされて、霧の中にいた何者かに煙が直撃したのが見えた―――が、まとわりつくはずの煙が弾き返される。
煙が暴風に煽られたように押し戻されていく。一般人たちから悲鳴が上がり、スモーカーが舌打ちしたのと同時に、また新しい煙が未だはっきりと姿を見せない人影へと突っ込んでいく。
だがその煙は、何かに吸い寄せられて渦巻状に収束し、そのまま散ってしまった。
「…いきなり本気だなんてひどいんじゃなくて?」
「誰がてめェなんぞに加減するか」
「せっつく男は嫌われるのよ、白蝋のスモーカー」
ようやく霧も煙も消え去り、現れ出たのは黒髪の女。マリアだった。
唐突に襲撃されたにもかかわらず、腕に抜き身の刀を下げているだけで、傷一つない。
「准将っ、この人は…!!」
「油断してんな。この女は億越えの革命家だろうが!」
「なんでこんなところに!?…って、ああっ!! それは!!」
渇を入れられたたしぎがマリアを指さして叫んだ。正確にはマリアの腕の先を、だったが。
「大業物"夜桜"!! その紋様…間違いありません!!」
「あら、知ってるの?」
マリアが"夜桜"を持ち上げてみせると、スモーカーが深々と煙を吐き出す。おそらくため息だろう。
「刀バカが! ンなこと言ってる場合か!!」
「で、でも准将っ大業物は世界で二十一工しかないんですよ!? どうしてそんな貴重な刀を革命家が!!」
「それは悪かったわね。でもあげないわよ」
しゅ、と"夜桜"を軽く振り払い、マリアは鞘におさめてしまう。スモーカーが眉根を寄せて言った。
「てめェ、そりゃ何のつもりだ?」
「今ここで貴方とやる気はないの。まぁあれを見れば、そっちもそう思わざるを得ないと思うけどね」
朝霧が晴れていき、遠目が徐々に効きはじめて街の向こうが見通せるようになっていく。
「………」
「な………!?」
後ろでたしぎたちが絶句するのを感じて、スモーカーは葉巻の先を噛み潰す。
口中に広がる苦々しい味は、自らの感情そのままだった。
霧の向こうに見えたのは、本来正しくそびえているはずの五重の塔が、地上二階から根こそぎもぎとられて宙に浮いている有様。風船のようにぽっかり浮き上がっている建物はやや斜めになっていて、ときどきぎしぎしと軋む音が聞こえていた。
革命家のマリアと言えば、重力を操る能力者と言われている。襲撃された海軍の支部が、ときどきありえない崩壊をしていることがあったが、それはつまりこういうことなのだろう。
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