03
それから、しばらく後。宿の周りには火の手ではなく、斬られて動けなくなった連中が山になっていた。
「今更ですけど、流石ですなぁ」
「……口ほどにもない」
襷掛けして薙刀を持ったアヤメが、感嘆として言う。
そこらへんのチンピラ如き、ミホークならば刀の錆びにもなるまいと思ってはいたが。ミホークの腕前を直接目にするのは、アヤメもそうそうあることではないのだ。
「ウチらが出る間もありませんでしたわ。ありがとうございます」
「礼を言われるようなことでもなかろう」
背中に黒刀を戻して、ミホークはマリアがいるだろう、そびえる五重塔を眺める。
当然ながら、マリアが今頃何をしているのか、ここからは分からない。
「あんさん、ここはもう大丈夫ですから、早ぅ姫さんのとこへ……」
「……いや」
否定したミホークをアヤメが驚いて見上げる。また迷いが生まれたのかと思いきや、ミホークの表情はいつもと変わらぬ鋭さをたたえたままだった。
「行かれないので?」
「ああ」
「……どうして」
「必ず帰れと伝えてある。ならば待つのが道理だ」
アヤメはかける言葉が見つからなかった。
これが二人にとって良いことなのか、アヤメには分からない。おそらく、ミホークにも確信たるものはないのだろう。
だがそれでも信じるしかないのか―――
ミホークが無理にマリアを連れ戻しても意味がないのだ。
「……じゃあウチも、黙ってお待ちますわ」
「そうか」
言葉がどこまで届いているかは目に見えない。どの程度心に響いているかを手に取れればいいのにと、アヤメも思ったことがある。手に取れたところで、分からないことも多すぎると知っていてもだ。
宿に入っていくミホーク。広い背中に鈍く光る黒刀を見送って、アヤメはそっとため息を吐く。
とりあえず、割れた窓を片付け、女中たちに戸締りは確認させねばなるまい……マリアがいるだろう、高い塔を一度見遣って、アヤメもまた自らの家に戻った。
***
その頃、近海の海上に一隻の軍艦があった。
「正義」の二文字を掲げた白い帆。偶然にも、ほど近い島で海賊どもを沈めたところだった。
もっとも、この艦のいまの主が求める相手は、このあたりにいないことが明らかだったから、ついでのようなものでしかなかったが。
夜も更けようかという時間にも関わらず、この艦の主は至極真面目にデスクワークをしていた。見かけによらず――と周囲は思いがちである――デスクワークをサボったことはない。
周辺の灰皿は、すでに山盛り満杯になりつつあったが。
煙が濃厚にたゆたう中、彼が書き終えた書類を脇にのけた時だった。
「スモーカー大佐…じゃない、准将っ! 大変ですっ!」
呼び声と同時にバタンと扉が開くと、こもっていた煙がむわっと廊下へ溢れて流れ出した。
思わず咳き込む部下に一言。
「うるせェぞたしぎ、海王類でも出やがったのか」
「いえっ違います! もっと危ないものが、その、電伝虫から…」
「……電伝虫だ?」
「はい! 怪しいものを傍受したとのことで、私も聞いてみたんですが、かなり危険な内容で…准将にもお知らせをと」
電伝虫から何かわいて出たわけではなさそうだ。たしぎとてドジだがバカではない。大真面目な彼女がそう言うからには、それなりの理由あってのことだろう。
スモーカーはペンをデスクに放って立ち上がる。
「危険ってなァどんくらいヤバいんだ」
「えぇと…か、かなり」
「…お前な、内容を言え、内容を」
新しい葉巻に火をつけながら歩いていくスモーカーの後ろから、たしぎは小走りでついていく。
「す、すみません…! 贋金作りが順調だとか、武器はこちらから今まで通り横流しするだとか、物騒なことでした」
「……贋金? 武器?」
確かに聞き捨てならない内容ではあったが、スモーカーは思わずたしぎを振り返る。
「確かなのか? まさかガキのいたずらだの劇の練習だのってんじゃねェだろうな」
「私も最初はそう思ったんですが、調べたところ電波の出所は未登録の黒電伝虫だというんです」
スモーカーは眉根を寄せる。
未登録の黒電伝虫……傍受したという内容もさることながら、それもかなり気になる。
黒電伝虫は希少で、一般人がおいそれと手に入れられるようなものではない。
スモーカーの経験上、黒電伝虫を使うのは海軍関係者か、あるいはその真逆に位置する連中だった。
「…どこから電波が来てるか調べるぞ」
「はいっ!」
黒電伝虫の電波はそう遠くまでつながらない。この近海で穏やかでないことが起ころうとしているのなら、突き止め排除するのが彼らの務めだった。
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