02






 同刻。

 山を下り、派手派手しい塔にたどり着いたマリアは、すでに内部にもぐりこんでいた。
 建物の構造をある程度把握するため、そしてこの悪人どもが何をやらかしているのかを探るためだ。
 暴行や騒ぎの類は新聞でも分かるのだが、裏で海軍と結託して何やらやっているという噂もあった。秩序であるはずの海軍が、この島では腐敗しきっているらしい。
 正義も悪に傾いた、限りなく黒に近いグレーゾーンに、この島の治安は染まりつつある。このまま放っておけば、島全体が悪事の温床になりかねない。
 そうなれば勿論、アヤメはここにいられなくなるだろうし、島に暮らす人々も苦しむことになる。革命家として動く理由としては、十分だった。

 マリアの背を押す本当の理由は、別なところにある。大義名分などどうとでもなるのだ、あとで本部に報告をするときに必要なだけだった。革命家としてあるまじき姿だが―――そんなことは、どうでもいい。

 地下へ行くにつれて警備が厳しくなり、さすがに堂々と歩いているわけにもいかなくなってきた。天井にあった通風孔をあけてもぐりこむ。中が意外にも広いのは、この建物がワノ国を模しているからだろう。
 地上は見事は五重の塔。木材を巧みを組み合わせて作られたこの建物は、元はもっと地味で、静かな趣のものだったに違いない。
 自身にかかる重力を微細に調節すれば、中の梁をつたっていくことなど容易い。マリアは易々と目当ての部屋の上へとたどり着き、また通風孔から下をのぞいてみた。ここが一番地下の部屋だ。つまりマリアの上には、上階の部屋の床があるということになる。

 通風孔からのぞいた先には、重厚な機械が所狭しと並んでいた。長いレールのようなものがつながっていて、そばには大量の紙と紙幣が積まれていた。
 本来ならば、別な用途に使われているはずの機械は、印刷機だった。要は贋金を作っているのだ。
 マリアは呆れて、通風孔から離れた。
 今までも、革命家としてあらゆる悪事を見てきたが、贋金とはおぞましかった。経済の崩壊はこの島だけにとどまらない問題になるからだ。物流がある以上、贋金は他の島へと渡っていき、じわじわと周囲の島々を巻き込んで浸食していく。

 まだまだ山のようにあるだろう物的証拠の検証は、それが仕事の連中に任せればいい。
 だからこそ、何階にそういったものがあるかを把握しに来たわけで。マリアは上の階も適当に覗き見し、悪党の定番らしく地下にそれらが集中しているのを確認する。当然、警戒も厳しいのだが、マリア自身がここを攻める積もりはなかった。

 地上一階に戻ったマリアは、窓から外へ抜け出して、外壁へ足をつけ、外壁を歩き始めた。マリアの能力は、垂直の壁を歩いていくという常人には不可能なことをも可能にする。
 この能力。悪魔の実のちからであることは間違いないのだが、マリアは実の名前も知らない。食べたのも、そして制御する訓練も、自身の意志によってのことではない。
 好いたことなどない能力。だが革命家として、そして一人の戦士として、不可欠なのはたしかだった。たとえどんなに忌まわしい記憶がこの能力についてまわるとしてもだ。

 外壁を歩くマリアは、そのまま最上階まで登っていった。
 隠し事は地下。他人を見下したい連中は一番上にいたがるものだ。

「………!」

 窓のそばまでくると、笑い声が聞こえてきた。そっと身をひそめて聞き耳を立てる。
 ちょうどいいことに、島の海軍の上官が来ているようだった。

「で、どうするんだ? あの鍛冶師は……」
「御心配には及びません。今頃焼き討ちになってますよ…まぁ勿体ないので殺す気はありませんが」

 マリアが目を見開いて、アヤメの宿があるほうを見ると、まばらな明かりが見えた。焼き討ちにしては小さい―――まだ最悪の事態にはなっていないということか。
 それに、宿には彼が……ミホークがいるはずだった。そう易々と、こんな連中に攻め落とされるとは思えなかった。

 彼がまだ宿にいれば、の話だが。

 彼が宿にいてくれるだろうと、マリアには確信が持てなかった。
 どうすべきか? 一度宿に戻って、向こうを駆逐してからまた戻ってもいいのだが、もしミホークがいればただの無駄足だ。それに、海軍と悪党どもが結託している様を明らかにするには、今が絶好の機会だった。

『必ず帰ってこい』

 だが、悶々とする中で思い返したのは彼の意外すぎた一言。

(…必ず…帰ってこい…)

 胸のうちで復唱した言葉は、まるで希望のようにきらきらとしながら、マリアの心に引っかかっている。
 信じても、いいのだろうか。
 マリアが欲しいのは、信じるべきか否かの答えではなく。許しにも等しい想いだった。
 誰かを信じる、それはすなわち、頼るということにもなってしまいかねない気がするのだ。
 ミホークはシャンクスとも、ドラゴンとも違う男。
 火拳にばかり頼るなと言われたときを思うと、今でさえ胸が苦しくてたまらない。
 それでも彼の役に立ちたくてここへ来た。

(………)

 マリアは静かに深呼吸をし、盗聴用の黒電伝虫を取り出した。




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