01



守るだの守られるだの、そういったボーダーラインでなく、もっと線が太くてしかしあやふやな繋がり、おれとお前との






 真夜中。
 トランクから必要なものだけを持ち出して、マリアはそっと宿屋を出る。
 自らを大地に縫い付けている重力を自在にあやつり、そして六式も併用して、マリアは軽々と闇の中へと跳躍していった。

 ミホークは、離れたところからそれを見ていた。
 結局、マリアが何のために、どこへ行くのかは訊くことができなかった。

『行ってきてもいい?』

 そう訊かれたとき、ミホークはどう応えるべきか分からなかった。
 共に行く選択肢はないのかという切望と、ここでミホークが彼女の望みをはねつけたらどうなるのだろうという懊悩。
 決して一緒に来てほしいとは言わないマリア。
 頼り頼られるような仲を期待してなどいない。今までのことを考えれば、一緒にと言わないのも当然かもしれない。ならばなぜ彼女は許しを得に来たのだろう。
 不安定な理由しか見出せない自問自答の渦。明確な答えが出せる人間はきっとマリアだけだが、今もう彼女はそばにいない。
 必ず帰って来いと伝えたものの、本当に戻ってくるかも分からない。今まで一人で旅してきたマリアが、必ずしもミホークの船を必要としているわけではないのだから。
 それでも、条件を告げたときの驚いた様子に、マリアは最初から戻ってくるつもりでいたのではと思いたくなる。

「あらぁ、お二人で晩酌でもなさるかと思いましたのに」
「……そんなわけがなかろう」

 やってきたのはアヤメだった。
 ミホークとマリアが、ここにいる間に食い違いはじめていることを知っているのは、今のところアヤメだけだ。
 勘のいい使用人は気づいているのかもしれないが、いちいち嘴を突っ込むような輩はここにはいない。ミホークにとっても、それは大いに有難いことではあった。

「姫さんはいずこに?」
「出かけた」
「……あら、じゃあ本当にあんなところに行かれたのかしら」
「……心当たりでもあるのか」

 ミホークが視線だけでアヤメを見やると、珍しくアヤメが微笑を消して応えた。

「あんさん、今回ばかりは追っかけて差し上げたほうがええですわ」
「どういうことだ」
「さっき、戸口のガラスが割れましたでしょ? 実は、例の悪い連中が押しかけてきたってんで、姫さんが追っ払ってくださったんですけど」
「そこまでは知っている」
「そん時に、このまんまやと、このお宿も移さなきゃならんかもしれんってウチのもんが話してしもうたんですわ。せやから、もしかしたら……あの連中のとこに行ってらっしゃるんやないかって思うんですけど」

 アヤメの言うことにも一理あるように思うが、マリアにそこまでする義理などないはずだ。ミホークが眉をひそめると、アヤメが呆れたように嘆息した。

「あんさん、女ってもんは大事なお人の役に立ちたいもんなんですよ」
「……それほどの義理があるとは思えんがな」
「……ほんとに分かってらっしゃらないなら言いますけど、あんさんが困るだろうと思って姫さんはわざわざ出かけたんやないですか?」

 ミホークは思わず瞠目する。
 たしかに、アヤメがここを去ってしまえばミホークが困るのも事実ではある。アヤメほどの鍛冶師はいくら海が広かろうとそうそう見つかるものではない。それにこの島はあの棺舟でも海流に乗りやすい上、穏やかで目立たずに済む絶好の場所でもあった。
 ミホークの役に立ちたい一心で、マリアはこんな深夜に荒くれのもとへ行ったというのか。
「……それも、俄かに信じがたい話だが」
「なぁにを仰るやら。身も心も手が届くとこにおるうちにきっちり掴んでおかんと、ほんとに後悔する羽目になりますよ」
「まだ掴めると思うのか、お前は」
「ええ。ウチも一人の女ですから。あんさんのことはよう分からんでも、姫さんの気持ちはよう分かりますわ」

 アヤメが言うと妙な説得力を感じてしまうのも、事実ではあった。
 そしてアヤメの言うことが本当だったとしたら―――マリアの様子も、辻褄があうような気がしてならないのだ。
 そう期待する思いも、ないわけではないと認めないわけにはいかなかった。
 彼女を抱きしめて、直に問いたい気持ちに駆られる。

「……手入れしてやったばかりなのだがな」
「お試しになるにはちょうどいい連中でしょうに」

 踵を返したミホークに、アヤメが苦笑する。
 おそらく実力の上では、ミホークが加勢などしてやらずとも、マリアはさっさと片をつけてくるだろう。能力者であり、六式が使え、そして海軍と渡り合ってきた経験もある。島の荒くれどもなど相手になるまい。そういった強さの上で、ミホークはマリアを信用していた。
 だが今回は少々、話が違う。

 ミホークが、部屋の壁に立てかけられていた黒刀を取ろうとしたとき、第六感に引っかかった何かがその手を止めた。
 不穏な何か。ミホークには最早慣れたものではあったが。

「……遅かったか」
「―――え?」

 何が、とアヤメが口を開きかけた瞬間、ガラスが割れる音が響いた。




[ 31/46 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[栞を挟む]
表紙へ



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -