02






 ミホークと初めて会ったのは、シャンクスの船で飲んだときだった。

 シャンクスとはそれなりに長い付き合いになる。マリアがまだ10代の前半くらいの頃から、レイリーを通じて出会ったのだった。
 彼ほど大らかで優しく…同時に凄まじいまでの覇気を内に抱く男は初めて見た。
 赤髪海賊団は皆陽気で気のいい、そして強い人たち。船長の魅力そのままのようで、一緒にいるのは楽しかった。革命家として殺伐とした日々を送るマリアを、彼らはあっさり受け入れて、酒の仲間と認めてくれたのだった。
 そんなわけで、たまたまシャンクスに会って予想通りに宴になり、さて楽しもうという時に、紹介された……のが、ミホークだった。

『おい、マリア!』

 シャンクスに呼ばれて振り返ると、そこには黒い鍔広帽子に、背に黒刀を背負った彼がいた。噂はよく聞くし、名前を知らない人間などきっといないだろう。シャンクスに過去のいろいろを聞いていたから、知り合いであることも認識はしていたが……

 写真で見るよりも、威圧感は凄まじいものだった。抜けば斬れんばかりの、鞘におさまった名剣そのもののようだ。世界一の大剣豪の肩書きは伊達ではないとすぐ知れた。
 だが、黒い帽子の下に見えた美しい金色の目は、少し驚きをにじませていて。それが妙に人間らしく魅力的で、胸が高鳴った。
 まるで年頃の娘のようにどきりとしてしまった自分を慌てて戒めたのを覚えている。


 シャンクスはきっと酒の席なら大丈夫だろうと思ったのだろうが、マリアは内心どうしたらいいのか分からなかった。
 片や王下七武海。片や政府に反する革命家。
 幸い、剣が出るようなことにはなっていないが、彼とどう関わるべきかさっぱり判断がつかない。
 もともとミホークは寡黙な男のようで、宴が始まってからも全く二人は話していなかった。
 シャンクスの隣、つまり隣の隣から、時折感じる鋭い視線は、何を意味するのだろう。

 でも、あの金色の目が忘れられなくて、もう一度見たいと切望している自分もいた。彼はどんな声で何を語るのか、聞いてみたい。あの黒剣を振るう手は熱いのか、それともひんやりしているだろうか。
 ジュラキュール・ミホークという男がどんな存在なのかを、もっと知りたい。
 私が話しかけたら貴方はどんな顔をするのだろう。

 立場に踏み入らずにどうにか話せないかとそんなことばかり考えていたら、意外にも彼のほうから話しかけてきた。

『……おい』
『え?……私?』

 ちょうどその時考えていた相手に話しかけられて、思わず面食らってしまった。まさか彼から口を聞くことはないと勝手に思い込んでいたのだ。

『何故この船にいる』

 単刀直入。本当に無駄なことを言わない男だと思った。彼は険しい顔つきのままで、考えは全く読めなかった。

『何故って……たまたまシャンクスに会ったら、飲まねェかって誘われたのよ。いつもこの船にいるわけじゃないわ』
『そうか』
『そうよ。そういう貴方はどうなの? "鷹の目のミホーク"』

 すらすらしゃべる自分の口をつねってやりたくなる。言いたいことはそんな言葉ではない。だいたい立場を思い起こすようなことを自分から言い出すなんて間抜けそのものだ。

『赤髪とは旧い付き合いだ』
『そうなの?…じゃあ決闘の話は本当なのね』

 ミホークは気にした様子を見せなかったけれど、相変わらず何を考えているのかは分からなかった。
 決闘の話は以前シャンクスから聞いていただけのこと。会話をつなぐのに必死なのを悟られまいとひねり出しただけだった。

『昔の話だ』
『でも本当なんでしょう? シャンクスから聞いたんだけど』

 たぶんミホークの方から聞けば、また違う話になるに違いないから、どうにか会話はつながりそうでほっとした。
 だが彼が呟くように言ったのは全く予想だにしない言葉で。

『…女は笑っているに限るな』
『……え?』

 正直、そのとき笑っていた自覚はない。ただ、ほっとしたのは事実だったから、思わず笑ったのかもしれない。笑うといっても微笑くらいのものだったろう。
 驚いたのは、ミホークがそれを見逃さなかったこと。
 そして、わずかな言葉から、ミホークが自分を"革命家"ではなく"女"として見ているのが伝わってしまって、抑えていた胸の高鳴りが再燃した。
 自意識過剰だと冷静になろうとしてもうまくいかない。

『おい鷹の目、マリアに手ェ出すなよ? お前にゃもったいねェからな!』

 熱くなる頬を持て余していると、助け舟のようにシャンクスが言った。

『マリアにはもっといい男がいるぜ』
『あら、どこかしら?』
『おいおい、少なくとも目の前に1人はいるだろ?』
『冗談。それこそ勿体ない話ね』

 シャンクスのこんな調子には慣れているから、少し気が楽になった。シャンクスはきっと女を口説くのも上手いのだろう。
 ミホークの方をそっと盗み見ると、彼はまた酒を飲み始めてしまっていた。
 でもその横顔はあまり酒を美味そうに飲んでいるようには見えなくて、どこか不機嫌そうに感じられたのはなぜだろう。
 話の腰を折られたから少し気分を害しただろうか。
 その日……否、その日以来、あの微妙すぎる会話のほかに、ミホークと話せる機会はなかった。





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