04






 アヤメがくれた帯は、マリアが"夜桜"を差すためにわざわざ仕立てたのだという。まさしく誂えたかのようにマリアにぴったりだった。
 "夜桜"を差してもちょうど良く、腰帯が刀を固定してくれるおかげで動きにくさも感じない。
 武器らしい武器を携帯したことがなかったマリアだったが、これならばいつも差していても問題なさそうだった。

「ようお似合いですわ」
「…ありがとうございます」

 いつものような黒いぴったりした服に着替えてきたマリアに、帯も、"夜桜"も、よく映えた。
 "夜桜"を持っていたほうの手のひらを見つめて、嬉しいのも、悲しいのも、すべて彼が呼び起こす感情なのだと、マリアは気がつく。
 手にはまだ刀の重みが残っていて、これが夢ではないのだと信じることができそうだった。
 きっとこれから起こる何もかもに、自分は彼の存在を重ねてしまうのだろう。

「ねぇ、あんさんの見立ては間違ってませんでしたでしょう?」
「…そうだな」

 巧く使え、と言って、ミホークが壁に預けていた背を起こす。
 これ以上この場に長居はしないという仕草に、マリアもアヤメに再度礼を言って、彼のあとを追いかけることにした。
 置いていかれるのを恐れてのことではない。彼には伝えなければならないことがある。
 遠ざかりかける背中になけなしの勇気も萎えそうになるけれど、今夜何も言わずにいれば、さらにひどい状況になることくらい、マリアにも分かっていた。

「……ミホーク!」

 唐突な呼びかけに、ミホークも驚いたようだった。
 振り向いたミホークの金色の目に、初めて会った時と同じように驚きが見え隠れしているのがわかって、マリアは胸がしめつけられるような気持だった。
 だがひるんでいる場合ではない。

「あの、今日の夜……でかけたいところがあるんだけど」
「……夜にか」

 ミホークが訝しげに眉根をよせるが、詳細を話してしまうわけにはいかなかった。
 詳しいことを言えば、彼はきっとついてくるだろうし、そうなってしまえばマリアが出るような幕でもなくなるだろう。

「その……行ってきても、いい?」
「……なに?」
「明け方までかかると思う……だから待っていて欲しいの」

 黒刀が手元に戻った今、いつ船を出すかはミホークの自由だ。
 足がないのはどうとでもなる。それでも待っていて欲しいと言ったのは、彼の役に立ちたいと思うからにすぎない。
 指先が凍るように冷たくなっていく。震えそうなそれを握りしめて、マリアは彼の返事を待った。
 わずかばかりの、だがマリアには永遠にも近いほどの沈黙。その間に、ミホークもまた逡巡を表情に滲ませていたことに、俯いているマリアは気がつかない。

「……構わん」
「!!……ありがとう」
「だが条件がある」

 条件。まさかミホークがそんな制限をつけるなど予想もしていなかったことで、マリアは息を呑む。
 もし、その内容がもう戻ってくるなというものだったらと思うと、それだけで心が折れてしまいそうになる。折角の覚悟さえ、もう瓦解しそうだ。

「……なに?」
「必ず帰って来い」
「え……?」
「……二度は言わぬ」

 ミホークの言う「条件」が、マリアにしてみれば全く条件たるものに満ちていないように思える。帰って来い、などと―――当然ながら、マリアは事がすべて済めばここへ戻ってきて、詳細を伝えるつもりでいたのだから。
 戻るつもりがなければ、彼にたずねることさえしないだろう。

「な、なんでそんなこと……」
「解らないのなら、それでもいい。今はな」

 それだけを告げて、ミホークは背を向ける。
 疑問、迷い、不安、不理解、あらゆるものがマリアの中でぐるぐると回っていた。
 遠ざかっていく広い背中。
 彼がなにを考えているのか、マリアに分かるわけもなくて、それでも何かを理解したくて、だが近づくこともできずにいる。

「シャンクス……」

 無意識に口をついで出たのは、ミホークとおそらく繋がりの深い人物であり、そしてマリアにとってもまた、楔のように大きく存在している、かの人の名前だった。
 ミホークと付き合いが長いあの人は、こんなときいったいどうするのだろう。
 きっとマリアよりもよっぽど、ミホークのことは知っているに違いないから。




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