02






 着替えたマリアがしんとしていた廊下を進んで、宿の玄関の近くを通り過ぎようとしたとき、覚えのない声が鼓膜をかすめた。

「・・・・・・・・・」

 あまり上品ではない男の言葉が聞こえてきて、それを冷たく突っぱねる女の声も聞こえる。宿の入口の方で何やら押し問答が起きているようだった。
 エースといた時に起こったこともあって、マリアは気になるままに入口へ足を進める。

「何度も言わせんといて下さい。姐さんはご自分で選ばれたお方のもんしかお手入れしません。あんた方のはお断りだと前からお伝えしとったはずですけど」
「そりゃぁこっちの台詞だろ。こっちは何遍も通ってきてんだ、会わせるくらいするのが客への礼儀ってもんだろうが」

 悪いようにはしねェと、それこそどこの小悪人だと思わせる言葉に、応対している女性があからさまに顔をしかめるのが見えた。

「だいたい会いもしねェのに選ぶも何もねェだろうが」
「あんた方があちこちで何してるか、この島にいるもんは誰でも知ってます。ろくでもないもんに姐さんの手は煩わせませんわ」

 きっぱりと言い放った女性に、男がいきり立って何か怒鳴りかけたとき―――マリアは見かねて口をはさんだ。

「女に怒鳴るなんて最低ね」
「あぁ!?」
「!!…お客様…お騒がせしとって申し訳ないですわ」

 振り向いた女性にマリアも軽く会釈して、男を見据える。形容する言葉さえ大したものにはならないだろうと思える、いかにも三下のような人相の男が、二人。

「客だぁ!? 女じゃねェか!!」
「その"女"に、四六時中鼻の下を伸ばしてるんでしょう」

 マリアを見て、下卑た視線がまとわりつくのを感じる。こんなものには慣れているけれど、マリアは軽蔑をそのまま皮肉に乗せて突き返した。

「女にしてはよく回る舌じゃねェか。いっそ別なことに使ってもらいたいもんだがねェ」
「その面の皮の厚さも大したものね」

 だが数の上で同等とはいえ、何を言ったとしてもこんな連中が女相手に引き下がるとは思えなかった。ならば手っ取り早く追い出してしまうのがいい。客とはいえ、マリアが丸腰のままなのを見ているから、こいつらとて何も警戒していないのだろうが。

「五月蠅い奴は嫌いよ。しつこい奴もね。分かったらさっさと消えなさい」

 これ以上吐く言葉も勿体ない。マリアは能力を発動させ、中指を男どもに向かって軽く弾いた。
 一見何の効果もないそれだったが、男たちが何か言う間もなく、玄関の引き戸ごと吹き飛ばされる。ガッシャンとガラスが割れる物騒な音がして、マリアは内心で舌を出した。

「お、お客様……!!」
「ごめんなさい、割っちゃって……でも殺してはいませんよ」

 これでもかなり手加減した。その証拠に、数メートルほど飛ばされたとはいえ男たちは地面に転がって呻いているだけだ。ガラスはあとで片付けておかねばなるまいが。
 逃げていく二人を冷たく睥睨したあと、マリアは女性に向き直った。

「こういうこと、よくあるんですか?」
「いつも…ってわけじゃあないんですけど…最近しつこく来るんですわ。アヤメ姐さんに武器の手入れをさせようって…まぁ他にもいろいろ考えてるんでしょうけど」
「……そうですか」
「お客様に、こういうこと言うのも何なんですけど……いい加減しつこいようやったら、別な島に移らんといかんかもしれないんです。アヤメ姐さんはしっかりしたお人やから、脅しに負けて刀みるような真似はせぇへんですけど、危ないまんまでは……」

 困り果てた表情の女性に、マリアもため息をつく。
 ……アヤメが慣れた場所を去らねばならないことも気の毒だったが、ミホークもまた困るのではないかと思ったのだ。
 彼が信頼して、命とも言える黒刀を託せる鍛冶師など、いったいこの世にどれだけいることか。それなりに気も許しているらしいアヤメは、その中でもさらに貴重な存在ではないだろうか。
 マリアに何ができるか―――どこまで役立てるかはわからないが、マリアはやれそうなことを頭の中に列挙する。こういったとき、革命家という立場は便利なのだから。

「……ところで、申し訳ないんですが」
「……はい?」
「…チリトリと箒を貸してくれませんか?」

 ぶち割ったガラスが散らばった玄関。危ない状態になってしまったそこを見下ろしてマリアが言うと、女性はあわてて掃除道具を取りに行った。




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