04
ミホークが部屋に戻ると、マリアはもう寝入っていた。
シーツを体に巻きつけて、身を縮めるようにして眠っているマリアに、そっとフトンをかける。
枕元にあぐらをかいたミホークはぼんやりとマリアの寝顔を見下ろした。
微熱程度で済んだものの、負担をかけすぎたことはよく分かっていた。
理性をなくしてそんな真似に走ったことが、恥であり、そして罪だった。
傷つけたくて、そばに置きたいわけではないはずだ。
しかしマリアの体が快復したとき、彼女がどういう行動に出るのか―――そして自身をどれほどの衝動が襲うのか、想像がつかなかった。
そばに留めたい気持ちは変わらない。
だがそれは彼女の心をも伴わなければ、死より虚しいだろうと思う。
静けさの中、マリアの小さな寝息だけが聞こえる。
ふと、その最中に妙にくぐもった電子音が聞こえてきた。
何かと耳をすませば、プルルル…プルルル…と規則正しいそれは電伝虫の呼び出し音だった。
宿のものかとも思ったが、それにしては近すぎる。ミホークのものか、もしくはマリアが電伝虫を持っていたか。
薄く鳴りつづける電子音。マリアがかすかに身じろぎするのを見て、ミホークは音の出どころを確かめるべく立ち上がる。
ふすまを開け、見回すと、呼び出し音はマリアのトランクの中からだった。
つまりはマリアの電伝虫に、誰かからかかってきているということ。
マリアの知り合いなど、ミホークが知る由もない。だが電伝虫はしつこく鳴りつづけていた。
トランクは、マリアの唯一の持ち物だった。女一人の旅支度がこんなもので間に合うのかは知らないが、うるさい電伝虫を黙らせるべく、ミホークはそれを開けた。
トランクの中身は整然として見えた。旅支度の小物類の他、ノートや冊子は革命軍の仕事のためだろう。思いのほか、たくさん物が詰まっていて、見た目よりも重かったことにミホークは気づく。
そんなきっちりと詰めてあるトランクの中で、布でぐるぐる巻きになっている固まりがあった。整った中で不格好なそれは妙に目立って見えた。しかも、目当ての音はその中から聞こえてくる。
訝しくもミホークが包みを軽く開くと、案の定、電伝虫が息苦しそうにしていた―――と、ちょうど良く呼び出し音が切れて、電伝虫がまぶたを閉じる。
「………」
ミホークは、電伝虫をまた巻き直して、トランクに戻した。
電子音がくぐもって聞こえたのは、このためだったのか。
何故マリアはこんな真似をしたのか……誰かから電話が来るのを拒んでいるのだろうか。
あまりマリアは自分のことを語らない。それなりに言いたいこともあるはずだろうが、ミホークに強く主張してきたこともあまり無い。―――昨夜が初めてだった。
マリアを取り巻く何かが、彼女に、電伝虫を押し込めるほどの抑圧を与えているのか。
ミホークは、トランクの中にあったノートを開く。日付ごとに書きつけられたノートは日記のようであり、記録であり、そしてスケジュールまで書いてあった。
新聞の切り抜きがところどころに貼られたノートをめくっていくと、その中に自分の姿を認めて、ミホークは手を止める。
七武海になってから、ミホークが新聞に載ることは少なくなった。派手なやり口は元から好かないし、気紛れにどこかの海賊を潰すと海軍がそれを書き立てるくらいか。わざわざ拒むのも面倒で、放っておいたのだが。
マリアのノートには、そんな数少ない記事や記録がていねいに貼られていた。
ページを遡ると、赤髪と飲んだくらいの年からだ。
マリアもまた、同じ時から己のことを心に留めていたのだと知って、じわりと嬉しさが滲む反面、黒い染みのように罪悪感も募った。
そのとき、ぱら、と捲れたページから、古い紙が落ちた。
拾い上げ、たたまれていた紙を開く。それは何かの調書らしかった。色褪せた顔写真と、やはりかすれ、滲んだインクで何やら書いてある。
ややぼんやりした写真は、撮られてから10年は経っているかと思われた。映っているのは一人の子ども―――黒い髪に、青い目の女の子。当然ながら、心当たりがあった。
幼さが十分に見えるその顔は、歳に似合わぬ無表情で、可愛げも愛想もない。だがその不相応はむしろ笑うことを知らないかのようで、憎たらしさよりも憐れみを感じさせる。
海水を吸ったのか、紙は変色し、インクの文字はほとんど解読できなかった。
マリアの過去に何があったのか、ミホークは知らない。マリアが自ら話す気がないのなら、興味もさして無かったが、穏やかでない子ども時代を過ごしたのは確かなようだった。
その調書は二枚重なっていて、もう一枚には見知らぬ男の子どもが映っていた。
ミホークはそれを元に戻して、トランクを閉める。
直接問うても良かったかもしれない……少し前の互いであれば。
だがさすがに、今となってはもうできないことだった。
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