03






 ―――そうして一晩中、彼女を求めて責め立てた。
 さんざん喘がせて啼かせたせいで、明け方近くにはマリアの声はかすれてしまっていた。
 それでも止めず、ただただ求めたミホークを、マリアは一度たりとも拒まなかった。
 涙だけが幾度となく溢れて、彼女の顔を濡らしたけれど。
 ミホークの背に絡むマリアの腕は、まるで縋りつくかのようだった。


「……マリア」

 マリアは今、眠っている。さすがに耐えかねたか、気を失ってしまった彼女をミホークは腕の中におさめて、フトンを纏う。
 泣きはらした目元が赤く、痛々しい。すぅすぅと規則正しい寝息だけが穏やかに聞こえてくる。
 彼女は何を思いながら抱かれていたのだろう。睡魔に侵されつつある頭でぼんやりと考えた。
 一度も拒絶してこなかったのは、ミホークへの恐れゆえか、それとも。
 今更、都合の良すぎる話ではあったが。
 それでもどうかと願うのを、心のどこかで止められずにいた。



 ***



「…………ん」

 マリアが重たいまぶたを持ち上げると、淡い昼の光が目にしみた。
 もう朝なのだ……ぼやけた頭で認識して、起き上がろうと腕に力を入れる。が、腰に響く鈍痛と気だるさに、またフトンに突っ伏した。
 全身を覆う疲労感は半端なものではなく、しばらくは起き上がれそうもない。
 昨夜、一晩中、なにをしていたかを思い出し、そしてフトンの隣には誰もいないことを理解して、マリアは小さくため息をついた。
 もう涙など枯れるほど泣いたと思ったのに、また喉の奥が痛くなる。

 彼―――ミホークは、何を思いながらマリアを抱いたのだろう。
 短い間だったが、ミホークの考えていることを読めた試しなどなかった。考えるだけ無意味かもしれない。
 とにかく、力の入らない体を引きずってでも起き上がって、早くここから立ち去りたかった。ミホークがいないのなら、自分がここにいる理由もないはずだ。
 マリアが、シーツをかき寄せてもう一度体を起こそうとしたときだった。

「―――起きたか」
「……!?」

 ふすまが開いて、ミホークが顔を出す。思わずマリアはそのまま固まった。まさか、まだここにミホークがいるとは全く予想もしていなかった。


「……体は、平気か」
「え……?」

 またも思わぬ問いに漏れた自分の声がかすれていることに、マリアは気づく。そういえば喉も痛い。中途半端に起きたままの体は、すでに悲鳴をあげつつあり、頭も少しふらついてきた。
 自分が思う以上に疲れているのかもしれない……疲労をどうやり過ごすか考えようとしたとき、ミホークがそっとマリアの頬に触れてきた。

「な……に?」
「少し、熱いな」

 そう呟いたミホークが、顔を近づけてくる。口づけられるのかとかすかに身構えてしまったが、ミホークはこつりと額を当ててきた。
 何をしているのか分からず大人しくしていると、至近距離から見える彼の表情が、少し曇ったように見えた。

「……ここで待て」
「………」

 額だけしばらく当てていたミホークは、また唐突に離れて、部屋を出てしまった。
 待て、と言われれば動けないマリアは待つ他ない。その間、あられもない自分の体を見下ろすと、あちこちに散る赤い痕に気づく。きっと見えない首もと辺りにもあるだろう。手持ちの服で隠しきれるか、微妙なところだった。
 マリアはシーツを体に巻きつけた。
 あんな目に遭っても、どんなに辛いと思っても、意識は勝手に次の瞬間を生きようとするのだ。現金な自分に吐き気がした。
 絶望して、泣いて死ねるほど、自分は可愛い女ではない。

 ほどなくして戻ってきたミホークは、手に何故か食事の膳と、小さな瓶を持っていた。
 自分の目の前に膳を置かれ、マリアはまじまじとそれを見つめてしまう。

「とりあえず、それを食え。薬が飲めん」
「な………」

 マリアの目の前にあるのは、たまご粥。誰が作ったのか、ほかほかとできたての湯気を立てている。
 だがいきなり食べろと言われても、当然のように食欲は全くなかった。
 疲れは、ただ休めば治る。別に食事も必要不可欠なわけでもなく。
 何より、何か食べたいと思えなかった。

「…………」

 沈黙したまま動かないマリアを見て、ミホークが小さく嘆息する。
 気を悪くしたかもしれない……マリアが巻きつけているシーツを握りしめると、突然口元にさじが差し出される。

「………!?」
「食え」

 あろうことか、ミホークはさじでたまご粥をすくって、マリアの口元まで持ってきていた。
 何を、と口を少し開くと、温かい粥とさじがそっと唇に触れた。いいから食べろと言いたげに。
 仕方なくマリアがさじをくわえて、粥を含む。それを嚥下する頃には、またさじが粥をすくって口元に差し出されていた。
 さぞかし面倒な作業だろうに、ミホークがマリアのためにわざわざこんなことをしているのが、不可思議だった。
 疑問を差し挟む勇気はなく、結局たまご粥が半分ほどなくなるまで、奇妙な食事が続いた。


 食後に、ミホークが水と一緒に渡してよこした錠剤は、解熱剤らしかった。
 薬ならトランクの中にあるし、別に飲む必要もない気もしたのだが、こっちを見ているミホークの無言の圧力に負けて、マリアは薬を飲み下した。
 冷たい水は、酷使したのどを気持ちよく潤していく。
 マリアがちゃんと薬を飲んだのを見て安心したのか、ミホークが膳と小ビンを持って立ち上がる。

「あ、……待って」
「何だ」
「自分でやるから…置いといて」

 これ以上何かしてもらうのは申し訳ないし、気まずい。
 だがミホークはまた軽く嘆息して、その体でか、と呟いた。
 マリアは反論できず、黙るしかない。今のところ、動けないのは事実だった。

「いいから、寝ていろ」
「でも、」
「容易く動けるような抱き方はしていない」

 びっくりして思わず目を見開いてしまったマリアを置いて、ミホークはさっさと部屋を出ていってしまった。
 今のが彼なりの気遣いなのか、単なる事実の指摘でしかないのか、マリアには分からなかった。
 そのうち薬が効いてきたのか、抑えがたい眠気が出てきて、マリアは疲れに任せて身を横たえた。




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