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人間はこの欲望に似た感情を"恋"と呼ぶのか





 歩く間、見える背中は不機嫌を隠そうともしなかった。
 言いたいことが無いわけではなかったけれど、何か言っても全て見苦しい言い訳に成り下がる気がして、マリアは黙ってついていく他なかった。
 だいたい、ミホークがこうして現れたこと自体が、マリアにとっては驚きでしかなくて。
 無言の奥にどんな真意があるのか、広い背中からは分からない。
 握られたままの手は熱く、少し痛かった。


 ***


 部屋まで戻ったとたん、手を強く引かれて、マリアはバランスを崩して思わず畳ばりの床に転んだ。
 文字通り、部屋に放り込まれたというところか。
 マリアが起き上がる前に、ミホークがその隣に座る。

「何故一人で出かけた」
「……何でって」

 一人で宿にいても仕方ないし、町の様子が見たかっただけだとマリアは言う。
 第一、他に一緒に出かける人間などいなかったではないか。
 ミホークの不機嫌の度合いがさらに増したような気もしたけれど。

「様子見のためにお前は火拳と共にいたのか」
「エースはたまたま会って、一緒にいただけよ。他に理由なんて無いわ」

 しばし、沈黙。
 さっぱり回復しないミホークの機嫌に、マリアは困惑するしかない。
 一人で出かけたことが、結果としてエースとやり合うという穏やかでない事態を招いたことはたしかだ。それは嫌というほど分かっている積もりだった。
 それでも、ミホークとの会話はどこか噛み合っていなくて、不安がマリアの胸中をつつきまわす。

「……お前は何も分かっていないな」
「………」

 思わず分かってないのはどっちだと言ってやりたくなった。
 ミホークのつぶやきには明らかな怒りが読みとれたから黙ったものの、話の中身は事実でしかないのだ。それ以上も以下もないのに。

「一つ、言っておく」
「……なに?」
「火拳にばかり頼るな」

 刹那、マリアの世界からぶっつりと音が消えた。
 言われたことがあまりにも無情に脳内に染み渡る。
 火拳にばかり頼るな……たしかに、あの時はエースのそばで何もできなかった、でも頼りっきりになっていた積もりなど微塵も無い。あのままミホークが懐に飛び込んでこなければ、マリア自身が介入してでも収拾をつける気だった。
 でもこの言葉は、お前は無力で弱いと、足手まといだとはっきり言われたも同然で。それ以外の意味など到底見いだせず、しかも相手がミホークとあっては、もはや救いようの無い審判だった。
 マリアの中で、保ってきた何かが音を立てて崩れた。
 今まで革命家として海軍と戦ってきた矜持もあったし、それなりに腕に自信もあったから。
 そして、せめてミホークの力に追いつけずとも、足手まといにはなるまいと密かに決意していた。
 でもそんなものは、何の意味も無い。
 最早何か言う気力さえなくなって、マリアはうなだれた。

「…ごめんなさい」

 弱くて、あなたの隣に相応しい女ではなくて。
 声にならない言葉を飲み込んで、そばにいるのも耐え難くマリアはふすまの向こうへ行くべく無理矢理立ち上がる。
 もう彼と共にはいられまい。ミホークが、煩わしいものを傍らに置いておくとは思えない。

 だが立ち去ろうとした身体はまた腕を掴まれて容易く阻まれた。

「行くな」
「ッ………!!」

 抵抗も虚しく、倒れ込んだ先はこともあろうにミホークの腕の中だった。
 いっそ、もっと冷たく突き放してくれたら。
 この腕の感触も、彼の体温も、匂いも、何もかも忘れ去る覚悟が決まっただろうに。

「……離して」
「断る」
「……離してよ!!」
「断ると言った」

 もう嫌、離してと暴れてもまるで無意味だった。
 背中を向けていた身体を正面に向けさせられて、そのまま畳の床に押し倒しされる。
 思わず目を見開いた。

「やめ……む、!!」

 拒絶を吐くマリアの口をミホークが片手でふさいで、黙らせる。

「お前はおれのものだ」
「………!!」

 少しかすれた低い声。とんでもなく横暴な台詞のはずなのに、酷だと思う一方で、なぜ独占欲が自分に向いていることに否定できない喜びを感じてしまうのか。
 抱かれている間だけは、その瞳がマリアだけを見ているのだ。
 口をふさいでいない、ミホークのもう片方の手がマリアのそれに重なる。思わず彼の手に指を絡めぎゅっと握りしめると、ミホークがかすかに目を見開いて、マリアの手を同じように握り返した。
 心を置き去りにして逃れることなどできない。
 マリアの青い瞳が濡れて、眦から涙が一筋こぼれて伝い落ちた。




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