01



終わりの見えぬ寒気がする程優しい夜を切り開き、朝を呼ぼうか






 寄った島の街で、雨に降られた。
 理由といえば、ただそれだけのもので。雨宿りを求めて場末のバーに入った瞬間、目に入った背中に思わず足が止まってしまった。
 びっくりしたから…それも勿論だったけれど、ずっと胸に突き刺さっていた小さな針が、つきりと痛みだし熱さを増して存在を示しはじめたような。そんな息苦しさを感じたから。

 黒い背中。頭には、羽根飾りのついた黒い帽子。
 何より脇に置かれた巨大な黒刀。「夜」と銘打たれたこれを扱う男など、世界にたった一人しかいない。

 カウンターには彼以外に客は無く空いていたが、隣に座るのも気が引けた。
 マリアはカウンターからほど近いテーブルに座る。温かいものが欲しくて、酒ではなく紅茶を頼んで、ちらっとカウンターの彼を見ると、精悍な横顔が垣間見えた。

 相変わらず、静かな男。
 シャンクスとは正反対だ。

 あまり見ていてはバレてしまいそうで、マリアは荷物のトランクから新聞を取り出して読むことにした。
 最近よく見かけるいくつかの名前。それはキャプテン・キッドであったり、トラファルガー・ローであったり、または麦わらのルフィだったりと、だいたい決まったものが紙面を賑やかしている。
 未来を切り開いていくルーキーたちの様子は、荒々しくも嬉しいものだった。マリアが微笑みながら紅茶に手を伸ばしたとき。

「挨拶も無しとは連れんな」
「!?」

 上から降ってきた低い声に手が止まる。声の主は了解も得ずにさっさとマリアの前に座ってしまった。

「…どうぞなんて言ってないけど?」
「どうせ一人だろう」

 たしかにそうだけど普通座っていいですかって訊くもんなんですが。…と突っ込んだところで意味がないことくらいは、マリアにも分かっていた。
 彼は常に気まぐれで自由だ。

「別にいいけど、その…久しぶりね」
「ああ」
「三年ぶり、くらい?」
「ああ」

 ……間が持たない。
 変わらず酒を飲んでいるミホークを前に、マリアはどうすべきか悩んでいた。というか彼のほうからこちらに来たのに、何でマリアが困らなければならないのか。

「…何でこっちに来たの?」
「無視するわけにもいくまい」

 いや、何を。
 言葉に出さなくても訝しげなマリアの様子に気づいたのか、ミホークが言う。

「あんな熱い視線を送られてはな」

 一瞬、何を言われたのか理解が及ばなかった。

「…な!? だ、誰の、」
「無自覚とはたちが悪い」

 店に入った時から見ていただろうと言われ、ぐうの音も出なくなる。

「…それは悪かったわね」
「構わん。それも悪くない」

 それも、というのはマリアに見られるのが、という意味だろうか。
 どうとでも取れてしまう言葉に、少し苛立ちを込めて見返すと、金色の瞳とがっちり視線があってしまった。
 綺麗だ。彼に見るといつも思う。
 威圧感と鋭さ、射抜かれそうな双眸なのに。
 ついいつまでも見ていたくて、でも羞恥と気まずさでそれは叶わない……

「…誘っているのか?」
「……は?」

 いきなり何を言い出すのかと眉をひそめれば、ミホークがため息を吐く。
 よく分からないが、うるさく喋るのも彼の性に合わないだろう。マリアは紅茶を口に含んで、新聞に挟まっていた手配書の束を手にした。そろそろ新しいものが来るはずだ。

「…1億7000万だ」
「え?…トラファルガーは2億だけど…?」

 手配書の束の一番上がトラファルガー・ローだが、彼はすでに2億の賞金首だ。

「そんな男はいい。お前のことだ」
「ああ、なるほど…って、何で知ってるの!?」

 驚いて問うと、ミホークは何故か少し憮然としたように見えた。

「おれが知っていてはおかしいのか」
「そうじゃないけど…まさか知ってるとは思わなくてびっくりしたわ」

 束を捲っていくと、彼が言った通り、1億7000万と書かれたマリアの手配書が出てきた。
 写真も更新されていて、いつの間に撮られていたのかと思う。
 マリアの仕事は革命家だ。それなりにあちこちを飛び回っているが、七武海であるミホークとはあまり関わったことがない。
 共通の友人がたまたまあの「赤髪のシャンクス」で、何年か前に三人で飲んだくらいだ。
 ミホークのほうも、動向を考える限り革命には興味が無いようだったから、マリアのことを覚えていただけでも驚きではあったか。

「覚えててくれたのね、私のこと」

 ありがと。
 気ままな彼の視界に、自分が入っていることが何だか嬉しくて、マリアは言う。

「…良かったら、何か奢るけど?」

 嬉しいままにそう言ったら、ミホークがにっと口角をあげて笑った。
 …くやしいが、なかなか笑わない男がにやりとする様に、一気に心拍数が上がってしまう。
 こいつこそ誘ってるんじゃないだろうか。

「…すみません、彼と同じのを」

 マリアは何だか熱い頬を隠すように、彼から目をそらして注文を入れた。




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