05






 する、と髪を弄んで、エースの手が止まる。
 その表情が何かをためらっているかのように見えて、マリアは何をしているのかと訊ねたくなる。
 そのとき、エースがマリアの向こう側、つまり背後を見て、表情を険しくした。

「この島にゃァ、とんでもねェ大物がいるな」
「え、?」

 マリアが振り返った瞬間、凄まじい勢いで眼前を何かが吹き抜けた。
 前髪が激しく吹きあおられる。まるで鎌鼬のような鋭い何かがマリアとエースのすぐわきを通ったのだ。
 足下に深々と刻まれた跡に、マリアは思わず絶句した。
 鎌鼬どころではない。もっと鋭い。そして強い。

 完全に振り向いた先にいたのは、やはり想像した通り、彼だった。

「ミホー…っ!!」
「鏡火炎!!」

 名を呼ぶ前に、エースに抱きかかえられて面食らう。剥き出しのたくましい胸元にマリアがどきりとする暇もなく、エースの叫びに驚く。
 まさに今、エースはマリアを庇ったまま、ミホークとやり合おうとしているのだ。

「ちょっ……エース!! だめよ!!」
「悪ィが聞いてる余裕ねェよ!!」

 腕の中からむりやり首を回すと、また炎が燃え上がり、塊となってミホークに向かうのが見えて背筋が寒くなる。だがその炎ごと斬り裂いて斬撃がエースに飛んできた。
 このままでは間違いなくどちらかが重傷を負うか死ぬかするだろう。地形が変わる程度では済むまい。
 自分が止めるしかないとマリアがエースから離れようとしたときだった。

「危ね…!!」
「!?」

 風のような速さで、ミホークが斬り裂いた炎をすり抜けエースに肉薄する。ミホークの腕が、その先にある銀色の刃が容赦なくエースの首を捉えて―――


 止まった。


「………!!」
「……何のつもりだ?」

 ミホークの持つ刀は、エースの首筋寸前、そしてマリアの眼前で止まっていた。
 あと紙一枚ほどでも近づけば斬れる、あまりに絶妙な距離。
 冷や汗が流れた。
 見える刃は白銀色で、おそらく黒刀の代わりなのだろう。そんなことが脳裏をよぎるが、マリアは全く動けなかった。
 刀を突きつけられているだけでも恐ろしい覇気にあてられて意識が飛びそうなのだ。それを操る男が半端者でなければ尚更震えがくる。
 殺気を抑えようともしていないミホークに、真っ向から向き合うエースはさすがなものだった。

「何のつもりだって訊いてんだ、七武海」
「この女を離せ」

 ミホークの一言に、マリアが目を見開き、エースが眉をひそめる。マリアを抱き寄せているエースの腕に、少し力が込められたのを感じて、マリアは泣きたくなった。

「…そりゃ、どういう意味だ?」
「エース、聞いた通りなのよ。もう大丈夫だから、離して」

 マジかよと言いたげなエースに頷いて、マリアは暖かい胸元から離れた。
 マリアがエースから二、三歩離れると、ようやくミホークが刀を収める。

「ちょっと待てよ。まさかさっき言ってた世界一ってのは……」

 マリアは答えなかったが、沈黙は肯定に等しい。
 唖然とするエースに、心底申し訳なく思う。自己嫌悪に焼き殺されそうだ。

「迷惑かけて、ごめんなさい」

 もう言えることなど謝罪以外に思いつかなくて、それでも謝らないまま別れるのは嫌で、マリアはエースの目を見て告げる。
 しばし呆然としていたエースは、ミホークをちらりと見て言った。

「……ンな顔すんな。させる野郎も悪ィが」

 びり、と威圧感が増したのを感じた。
 それがエースのものなのか、ミホークのものなのかは分からない。

「任務中でなけりゃ、かっ攫ってやれんだけどな」
「え……」

 無言のまま再び刀に手をやるミホークを、エースが睨む。

「おれは自然系だ。刀じゃあそう簡単にケリはつかねェよ」
「死にたければ試してやっても構わぬが」
「ミホーク、やめて。お願いだから」

 これ以上二人が争うところなど絶対に見たくない。しかも原因が自分にあるなら尚更だった。
 エースはふっとかすかに笑って、ぽんとマリアの頭に手を置いた。

「ま、今回はおれから退くか。じゃあな、マリア」

 去り際さえ鮮やかで、エースはそのまま踵を返して歩き出したまま、二度と振り返らなかった。
 気をつけてとか、黒ひげの情報をつかんだら連絡するとか、伝えたかったことは多かったけれど。
 遠ざかっていく、白ひげのシンボルが刻まれた背中をいつまでも見送っていると、腕を強く掴まれた。

「帰るぞ」
「……わかった」

 ぐいっと身体ごと前を向かされて、半ばミホークに引きずられるように、マリアは歩き出した。




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