03






 昨夜、一年分の新聞を前にまったく集中できなかったことを、マリアは思い出す。
 何を読んでも上滑りする意識。調べたことをまとめてしまうはずが、作業は遅々として進まなかった。
 おかげで余計に疲れてしまって、気がついたら寝ていたのだ。
 まるで、自分が自分でなくなったような気分だった。

「……マリア? マリアっ!!」
「!?」

 鋭く呼ばれて我にかえる。と同時にぐっと頭を抑え込まれ、耳元でボボッと燃えるような音がした。
 周囲に不穏な気配が漂っていたことに今更ながら気がつく。エースを狙ったのか、マリアを狙ったのかどちらかは分からないが、もう穏便には済まないだろう。
 周りはすでに囲まれているようで、どこから見ても堅気ではない輩ばかりだった。これが例の上品でないお方々かとマリアは呆れる。

「火拳!!」

 エースが叫ぶと、腕が燃え上がって炎の拳と化し、まとまっていた連中を吹き飛ばした。
 "火拳のエース"は自然系だ。広範囲は彼に任せたほうが安全だろうが、こんなところでやり合っていては町に甚大な被害が出てしまう。

「指銃!」

 炎に巻き込まれなかった男を指銃で何人か撃ち倒し、マリアは町とは反対のほうへ道を開く。

「エース、こっちへ!」
「ああ」

 再び炎が燃え上がって、追ってこようとしていた輩と二人の間を阻む。
 そのまま走って、さっさと二人はその場から離れた。



「…ったく、うるせェ奴らだったな」
「全くね……それより、助けてくれてありがとう」

 きょとんとしたエースに、マリアは襲われたときに頭を庇ってくれたことを指摘する。

「気にすんな、おれが先に気づいただけだしな」
「…強いわね、エースは」
「お前ェも十分強ェじゃねェか。さっきの、六式だろ?」

 海軍が使うのを見たことがある、とエースが言う。なかなか厄介な体術だったと。
 たしかに六式は極めれば相当な威力になるが、それでも自然系のエースにはあまり意味が無いだろう。

「メラメラの能力って、本当に体が炎になるのね。ちょっとびっくり」

 マリアがそう言うと、まぁな、とエースが笑って、ぼっと指先だけ燃やしてみせた。

「マリアは能力者じゃねェのか?」
「私は超人系だから」
「へェ……一度、見てみてェかもな」

 エースの悪戯っぽい黒い瞳に挑戦的な光がちらつく。

「戦うのはごめんだわ…勝てる気がしないし」
「そうかァ?」

 マリアが手を振ると、エースがにっと笑う。そんな顔も、なかなか格好よくて印象的だ。

「それより、どうして襲われたんだと思う?」
「有名人だからじゃねェか。隣にいい女がいりゃ尚更な」
「……それを言うならエースのほうが目立つでしょう」

 マリアが言い返すと、エースが分かってねェな、と苦笑した。
 何が分かっていないのか、いまいちそこが分からない。

「まぁおれはもう船に戻る気だったからいいが」
「私はもっといたかったけどね…」
「連れがいんなら帰ってやれよ。ほっといていいのか?」
「向こうは用があるもの」

 帰ってもあまりやれることが無い。かといって町に戻るわけにもいかない。マリアは仕方なく、宿へ戻ることにした。
 エースの船が置いてあるのも同じ方向だというので、途中までついてきてくれることになった。

「あんみつ…食べたかったのに」
「そういや置いてきちまったな」

 エースも食べかけだったのだが、襲われたおかげでほとんど置き去りにしてしまった。
 甘いものは結構好きだし、あんみつなんて他の島にはなかなか無い。貴重な体験になりそうだったのに残念だった。
 今度襲われたら、あんみつの分まで軽く八つ当たりしてやりたい。

「ま、買ってもらやいいだろ? 連れがいんならな」
「……そうね」

 おそらくそんなことにはならないから、マリアはついぶっきらぼうに返事をしてしまっていた。




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