02
「エース? いったい何なのよ?」
「いや、ちょっとな。どんな奴か気になっただけだ」
お前は気にすんなと言われて、マリアは肩をすくめるしかない。
「それよりマリア、ちょっと金貸してくんねェか?」
「ええっ? 急にどうしたのよ?」
手を合わせて頭を下げるエースは、朝からまだ何も食べていないらしい。エースはマリアよりも活発にあちこち動きまわっていそうだし、マリアは屋台で何か買って食べることを提案した。
たこ焼きとか焼きそばなら、ご飯代わりにもいいだろう。
じゃあ一緒に食べようというわけで、近くの屋台で二人はいろいろ買い込んだ。
「……そんなに食べられるの?」
「心配すんなって。海賊の胃袋ナメんなよ?」
意気揚々と買ったエースの手には、焼きそばやらたこ焼きやらの他に、鯛焼きやお団子といった甘味まであって、かなりの量だった。
対してマリアはあんみつだけと、結構な差がある。
二人で木のベンチに座ると、言ったとおり豪快にエースが食べはじめたので、マリアは思わず苦笑してしまった。
「ちょっと、喉につっかえても知らないわよ」
「ふぇーひふぇーひ……げふんっ」
案の定…なことになったエースに、マリアは冷たいお茶を渡す。ぐいっと飲み干すエースの仕草に、ミホークとは全然違うことを再確認するような気がした。
エースが昼間の太陽なら、ミホークは夜の海だろうか。
口数も少なく、何もかも静謐なのに、最強を極めた者の威厳を纏って立つ男。
彼の目や、低い声や、温くてたくましい腕を思い起こすと、胸が焼かれるような気持ちがした。
隣にいるのがエースではなくてミホークだったら、きっと全然違う会話になったに違いないし、行く屋台も違っただろうに。
「おい……マリア? 大丈夫か?」
「え?……ええ、大丈夫だけど」
あいまいに笑ってごまかすマリアに、エースは笑みを消してぼそりとつぶやく。
「……そんなに気になんのか、その野郎のこと」
「……何の話?」
「とぼけんなよ、さっきっから寂しそうなツラばっかしてんだぜ? バレバレだってぇの」
ケンカでもしたのか、と言われて、マリアはまたあいまいに笑うしかなかった。
そんなにはっきりした理由があったら、まだ気持ちが楽だったかもしれない。
「そんなんじゃないの。ケンカするような仲でもないし。それに、寂しがってる積もりもないわ」
マリアが言うと、エースはさらに訝しげな顔をする。
「…じゃあ、そいつがどんな奴か聞かせてくんねェか?」
「どんな人……?」
ミホークを一言であらわすならば。
大剣豪とか、七武海とか、鷹みたいとか、まぁ象徴的なものが多い人ではあるか。
だがそう言ってしまえば一発でミホークだと分かってしまう。
エースも白ひげ海賊団の一員である以上、七武海であるミホークは敵のようなもの。直截に言うのはためらわれる。
「……世界一の男かな」
マリアは思いついたままに言う。
すると、ぶはっ!!…といろいろ吹き出す音がして、エースが派手にむせていた。
またお茶を渡して、背中をさすってやると、立ち直ったらしいエースが涙目で言い返してきた。
「げほっ、世界一だぁ? オヤジみてェな奴なのか?」
それを聞いて、今度はマリアが目を丸くする番だった。
「まさか! どうして白ひげってことになるのよ?」
「お前な……おれは世界一っつったらオヤジ以外思いつかねェんだよ」
エースの言葉に、マリアは納得するのと同時に申し訳ない気持ちになった。
たしかにエースから見れば、あらゆる意味で世界一は白ひげ以外にあり得ないのだ。
「…ごめんなさい。無神経だった」
「いいって。まぁお前から見りゃ違うかもしれねェしな」
エースは大らかな笑顔で応えてくれる。その笑みに、余計に罪悪感も募る思いだった。
エースにとって白ひげが如何に大きい存在であるかは容易く伺える。
一方で、ミホークにとってマリアはどれくらいの存在なのだろう。そして果たしてその逆はいかほどか。
「ねぇ、エース」
「ん?」
「……世界一の男に相応しい女はどんな女だと思う?」
バカな問いかけだと分かってはいた。
ぽかん、とするエースを見て、マリアはため息をついた。
「そりゃお前ェ……そいつが選んだ女なら、それでもう十分相応しい女なんじゃねェのか?」
「……釣り合ってないなって思ったとしても?」
「釣り合うも何も、そいつが好きならそれでいいだろ?」
他にゃ何にもいらねェ、と言い放つエース。
その言葉さえまぶしく感じるほどで、マリアはつぅんとのどの奥が痛くなった。
自分がエースの言う"選ばれた女"かどうかすら、分からない。
ミホークと肌を重ねたことはあっても、彼が愛を囁いたことは一度たりとも無い。
それでも、マリアの心はとっくの昔に、彼に奪い去られてしまっていた。
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