04
夜も更けて丑三つ時も過ぎたころ、ミホークはようやくアヤメのもとを出た。
刀を扱う以上、持ち主であるミホークが直接手にしないとわからないことのほうが多い。
かすかな違いさえ命取りになるのだから仕方がない。本来は、一日のなかでこんなに長く付き合うこともないのだが、今回はミホークのほうからアヤメを急がせた。
ミホークがいなければどうにもならないところを初日でだいたい済ませてしまえば、残る時間はマリアと過ごせるかもしれないと考えたからだ。
ひとりで来るならば、こんな手間はかけない。
マリアがこの島に興味があるのは分かっていたから、今日の午後くらいは二人で過ごせるだろう。
『ほんまに綺麗なお姫さんですなぁ』
アヤメにはさんざんつつかれた。ミホークが女を伴ってここを訪れるなど今までなかったことだったから、無理もないかもしれないが。
『どんな馴れ初めか、えらい気になるんですけど』
『放っておけ』
『あらぁ、冷たい。おなごには愛想良くするもんなんよ? でないと姫さんみたいなお人、あっという間に誰かに攫われてまいますわ』
どういう意味だと一睨みすると、アヤメはまぁ怖い、と笑ってつぶやく。言っていることと表情がまるで噛み合っていない。
『お前に心配されるようなことか』
『はいはい、でも、うっかりせんでちゃあんと見ててあげませんと。姫さんはあんまり男慣れもしておらんでしょ?』
そんなお方を捕まえるなんて、さすがですなぁ? なんぞと言われて頭が痛くなってくる。
たしかに、男慣れというか、そういう付き合いに達者な女には見えないが。
さらに穿って言えば、男の下心に鈍感だ。
『ただでさえ綺麗なお人やから、特に町に行くならお気をつけて下さいましね』
『…良からぬ輩でもわいたか』
『ええ、たんまりと。迷惑やけど、海軍のお方も噛んでるとか何とか……まぁ、あんさんが一緒なら何も心配いらないですけど』
アヤメに黒刀を差し出され、軽く持ち上げて感触を確かめる。
口はうるさいが、アヤメの腕にはやはり文句は無い。
ミホークが頷いて刀を差し出すと、アヤメが押しいただくように受け取った。
マリアのことにしろ、刀のことにしろ、アヤメはよく観察しているのだ。
『……ま、あんまり寂しい思いさせたらいけませんわ。あんさんとお付き合いするんは、普通の女には務まらんことやし』
『………』
『うちも努力しますから、あんさんも姫さん大事にせなあかんですよ?』
『…分かっている』
***
アヤメにはああ言ったものの、まだどう接してやればいいのか分からないところもあった。
マリアはそうそう、ミホークの思う通りになるような柔な小娘ではない。それはあらゆる意味に通じる事実だ。ベッドの上であろうと、船の上であろうとそれは変わらない。
自分に我慢の二文字が無いことは自覚している。その一方で、マリアのことは―――自らを差し置いてでも、時間を割きたいと思う。
自分という存在の内部に、マリアという別個の存在が、溶け合うように入り込みつつあるのか。
だがそれは厭なものではなかった。
望んだのはミホークだ。マリアが自らの腕の中へやってくることを。
他の誰でもなく、自分を選べと迫ったのはミホーク自身なのだから。
部屋に戻ってふすまを開けると、マリアがいる部屋は、不思議なことに結構な散らかりようになっていた。
部屋の大部分をしめている新聞に、ミホークは軽く瞠目する。一年分はあるだろうか。
そして、低い木机のうえに、新聞に埋もれて突っ伏すようにして、マリアが寝ていた。
自分がいない間、ひたすら新聞ばかり読んでいたのかと思うと、さすがに苦々しい思いになる。
眠っているマリアの肩に手を置くが、起きる気配は無い。
そっと抱きかかえて、力の抜けた体をのべてあったフトンに横たえてやった。
寝顔を見つめて、額にかかる黒髪をそっとかきあげると、その顔はベッドで見るものほど安らかではないことに気づく。
マリアの「仕事」は革命家。世界各地を巡っては、ログと島の情勢を記録して、革命軍の本部へ送るのが、今の任務だと聞いた。
ミホークが一緒にいる時には、無論仕事をする隙など与えてやらなかった。共にいるのなら、隣にいる自分だけを見ていればいい。他のものがマリアの視界や思考を占有するのは、正直癪に触るからだ。
呆れた独占欲かもしれない。しかし、マリアからは幸運にも、拒絶の色が見えたことは無い。マリアもまた、ミホークと過ごすことを楽しんでいる様だった。
それでもやはり、マリアが革命家としての自身を見失ってはいないことは、この部屋の有り様を見れば一目瞭然だった。
異様なほど大量の新聞は、むしろマリアが革命家たろうとしがみついているようにさえ見える。
「………」
普通の女であれとは言わない。
それでもミホークにとってマリアは最早「革命家」ではなく、唯一無二の「女」だ。
明日は新聞を読む隙などやらぬ。
ミホークはマリアにフトンをかけて、ふすまの向こうで横になり、帽子を頭に乗せて目を閉じた。
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