02
石階段を上がりきった場所にあったのは、古めかしい平屋だった。
ミホークは正面の入り口へ向かわず、平屋の裏側にまわる。マリアもついていきながら周囲を軽く観察してみると、平屋は宿屋並みに広いことが分かった。屋内から聞こえる軋みやかすかな足音から考えるに、複数の人間が生活しているのだろう。
「…あらぁ、お久しぶりなお越しですなぁ」
艶やかな声にマリアがそちらを振り向くと、着流した赤い着物が印象的な、妖艶な美人が立っていた。
置屋ではなく鍛冶屋を目指してきたはずだったが、なにか間違えただろうか。マリアが小首を傾げると、ミホークに会釈していた着物美人がマリアに気がついて声を上げた。
「あらあらあら、お連れさんがおられますのん? さすが、別嬪さんやねぇ」
「今回は二人で世話になる」
「はいはい、ちゃあんとお部屋をご用意しますから。お二人でひとつね」
「!? いえ、お構いなく…」
展開が読めない。マリアが困惑気味に言うと、着物美人がにっこりして言った。
「あぁそんな気にせんといて下さいな。うちはアヤメゆうて、刀とか包丁とか、刃物の手入れをしとります。あんさんの刀はいっつも時間かけますんで、泊まってってもらってますから」
「………はぁ」
「さぁさ、長ぁい旅でお疲れになりましたでしょ? 早速お部屋に案内させますわ」
美人に宿屋付きとは、ずいぶん至れり尽くせりな手入れ所だ―――などと、マリアはつい皮肉っぽく考えてしまう。
せっかくお世話になるのだし、不躾な真似はしたくない。けれど、何となく自分はこの場にそぐわない気がして、不安だった。
畳や障子、ふすまと平屋の中もワノ国風の造りだ。板張りの廊下を抜けて、奥の部屋へ案内された。
その部屋もやはり畳の床。二部屋をひとつにして広々と使えるようにしてある。部屋の間にふすまがあって、区切ることもできるようだった。
「ここのお部屋を自由に使って下さいな。お食事は時間になったら運んでこさせますし、他に要りようなもんがありましたら、遠慮なくそこらに言って下さいね」
「…ありがとうございます」
マリアが頭を下げると、アヤメは微笑んで「ごゆっくり」と言ってくれた。
「ほんじゃあんさんは刀をお預かりしますんで、仕事場に」
「ああ。…お前は、部屋にいろ」
ミホークがマリアを向き直って一言。
子どもじゃないのだから、いちいちくっついていったりうろちょろする気など毛頭ない。
「……分かってるわ」
だいぶ侮られているような気がしてしまって、少し刺々しい言い方になったかもしれない。
謝ったりする間もなく、ミホークもアヤメも行ってしまって、マリアは一人になった。
トランクを置き、静かな部屋を見回す。窓代わりの障子を開け放つと、幻想的な夕暮れの風景が広がった。
山々が織りなす陰影。ふもとのほうがほのかに明るいのは、さっき見た祭りの灯りだろう。
(………?)
だが、町の辺りにやたら背の高い建物がひとつあるのが、妙に目についた。
そこだけが風景に不釣り合いで、派手なのだ。
どの島でも、何かしら闇の面がある。あれがこの島の闇だろうか。
ミホークもいないし、今のうちにこの島について下調べをしておくのもいいかもしれない。
マリアは部屋を出て、通りすがった女性に最近の新聞を見せてもらえないかと頼んだ。
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