01
真白い月よりも孤独になれた気がした、あの夜空に星は在れど私の隣に貴方はいない
翌日は、朝からいい天気だった。
結局ミホークに合わせて宿を出たので、太陽はすでに上って久しい。だがマリアは船に乗せてもらう身だし、舵をとるのもミホークなので、文句はなかった。
マリアがトランクを持って、黒い船の隅っこに座ると、ミホークは船を出した。
「どこか行く宛てはあるか?」
「ううん、特には……行ったことの無い島ならどこでも」
マリアの仕事は、数多くある島々を巡ってログを溜め、その島の様子や海軍の動きを調べることだった。
特にルールに則って旅しているわけではなかったし、今は召集もかかっていない。
ミホークの好きなように旅して欲しいと思っていたこともあって、マリアはこだわらないと告げた。
「……ならば、少し付き合え。用がある」
「?……構わないけど」
ミホークが示した海図によれば、ちょうど行ったことの無い島だった。別に断る理由もなかったけれど、ものに執着しないように見える彼が、何をしに行くのかは気になった。
「何しに行くの?……って訊いてもいい?」
「此れの手入れだ」
舵を取りながらミホークが視線で示したのは、背中―――にある、黒刀だった。
「……成る程」
剣士なのだから刀の手入れは当たり前だが、ミホークが唯一執着するものが分かって、何だか妙に納得してしまう。
「夕方には着く」
「分かったわ」
舵取りの邪魔をするのも申し訳ないので、マリアは宿から取ってきた新聞を広げた。
***
空が燃えるような橙に染まった頃、船は目当ての島の港に入った。
「……すごい」
「ワノ国の文化らしい」
夕闇に見える町並みは、不思議なものでライトアップされていた。
紙で作った灯りがたくさん下がっていて、その下に所狭しと屋台が建ち並んでいる。行き交う大勢の人々は、屋台を巡って歩いて楽しんでいるのだろうか。
紙の灯りは「ちょうちん」というそうだ。ほんやりした灯りは独特な雰囲気を醸し出していて、落ち着くような、妖しげな、マリアが見たことのないものだった。
「……この島はいつもこうなの?」
「いや。今日はたまたま祭りなのだろう」
「じゃあ、この灯りとか屋台は今日だけなの…?」
蒸した熱気は暑苦しいが、漂ってくる香ばしい食べ物らしき匂いや、人々が着ている民族衣装の鮮やかな色と相まって、何ともいえず魅力的な場所だった。
ワノ国の文化が流れて根付き、この島独特のものが出来上がったのだろうとマリアは推測する。
「一日限りではなかったと思うが。後で訊いておいてやる」
「………」
だがマリアがぼうっと見とれているうちに、ミホークはさっさと歩き出してしまっていた。
彼にとっては見慣れたものかもしれないし、騒がしいところは好きではないのだろう。
少し、寂しい気もしたが。
しかしそれ以上に、わがままを言って、彼を煩わせるのは嫌だった。
それに、もともとミホークの用があってこの島に来たのだ。
マリアは、名残惜しく町並みを見返して、ミホークのあとを追いかける。
歩いていくうちに、喧騒と灯りは遠ざかっていき、紫色の薄闇と虫の声が辺りを支配していった。
そのうちに二人がやってきたのは、町から離れた山にある、長い石階段だった。
山といっても小山程度。さほど高いものではない……はずだが、階段で見るととんでもなく長い。
ここにもちょうちんが下がっていたが、祭りのもののように明るくなく、妖しさが目立った。
すたすた上がっていくミホークに遅れないよう、マリアはせっせと足を動かしたが、正直、能力を使って跳躍してしまったほうが早そうだ。
いかにも何か出そうな、不気味な石階段を延々上がっていくのは気の滅入ることだった。
だいたい、刀の手入れといっていたが、こんな辺鄙なところに鍛冶師でもいるのだろうか。
マリアの息が少し乱れはじめた頃、ようやく目の前が開けて頂上までたどり着いた。
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