05
部屋に戻ると、電伝虫が水遊びをしていた。
起きているということは、誰かから連絡があったのかもしれない―――マリアが軽く息を詰めたとき、ミホークが鋭く詰問してきた。
「さっきのことだが、何をした?」
「ああ、あれ? 簡単なことよ。重力を反転させただけ」
重力を反転。
意味が伝わりにくかったか、ミホークがマリアを訝しげに見つめる。
マリアは苦笑して、ミホークに手を差し出した。
「何だ」
「いいから、握って?」
マリアがせがむと、ミホークの大きい手が差し出していた右手を掴んだ。
包まれてしまうくらい、大きい手。マリアは体温の熱さを感じながら、そっと能力を発動させる。
途端、二人の足がふわりと床から離れ、ゆっくりと体が反転していく。
周りのものは動いていない。そのうちに、足が天井につき、二人は完全に逆さまになって止まった。
「ふふ、どう? 天井に立った気分は?」
「不可思議だな」
他のものは動いていないので、テーブルもベッドも、何もかも逆さま。まるで天井にものが張りついているかのようだ。
つまり、先ほどの荒くれどもは、何倍もの早さで重力を反転させることで、床から天井へ叩き落としたということか。
あのレストランの天井はかなり高かったことをミホークは思い出す。
同情の余地など無いが、黙らせるには十分な衝撃だっただろう。
「私は、悪魔の実の能力者なのよ」
「成る程な。この細腕でどうやって名を挙げたかと思っていた」
ミホークが、マリアの腕を掴んで目線へ引き上げて見せる。明らかに指が余るのを見て、マリアは苦笑した。
それはミホークの手が大きいからだ。
「腕が細い女は嫌?」
「いや」
ミホークがマリアの腕をそのまま首に回させる。
うなじへと肌をたどる手。近づくミホークの顔に、マリアは目を閉じた。
そっと触れた唇は、酒のせいで少しひんやりしていて、ほんのり苦い。
触れるだけの柔らかなキスに癒やされるような心地よさを感じていると、唐突に後頭部の手に力が込められて、ぐっと唇同士が密着する。
絡まる舌は熱くて、さらに酒のほろ苦い味がした。
うなじと腰をしっかり抱きかかえられて強く引き寄せられる。だんだん深く、激しく、貪るように変わってゆく口づけに、頭がくらくらした。
ミホークは一見、まったく熱を感じさせないクールな男なのに、その口づけはあまりに情熱的だった。
まるで唇から溶けてしまいそうだ―――とマリアが思ったとき、
足が浮いた。
「んっ………ダ、メ!!」
突然、体を離したマリアに、ミホークは不満げに問う。
「……何だ」
「……能力、解けちゃう……」
マリアの唇が濡れて光る。赤らんだ頬に、困ったように逸らされた潤んだ瞳、すべてが扇情的だ。
これでおあずけは男としては納得しがたい。
「解けてもいいだろう」
「……落ちるわよ、床に」
「受け止めてやる」
「えぇ……ミホークだって一緒に落ちるのに」
「試してみるか?」
「遠慮します……」
ふわっと二人の体が浮きあがって、くるり。
「足は床にあるに限るな」
「そう、ね」
「また接吻を中断されてはたまらん」
「なっ、ちょっ……ん」
また唇をふさがれて、そのままソファに押し倒された。
ちゅ、とリップノイズを残して離れる唇。
見下ろしている男が、濡れた唇を軽く舐める。おそろしく艶やかな仕草に見えて、マリアは腕で顔を隠した。
格好良すぎて見とれた、なんて恥ずかしくて言えやしない。
「隠すな。見えぬだろうが」
「見えないように隠してるの…!!」
ならばどかすまで。
ミホークはマリアの腕を掴み取って、また自らの首に回させた。
「お前の腕はここにあれば良い」
「………ばか」
口を開けば、明日の朝には発ちたいんだけど? と現実を思い出させる色気無い一言。
考えておこうと返して、また唇をふさいだ。
今は無駄口を叩くより、喘がせ啼かせて、名を呼ばせたいのだから。
テーブルの上では、電伝虫が真っ赤になって困っていた。
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