04
平和だった店内に不穏な雰囲気が広がっていくのがわかる。そして聞える下卑た笑い声と話し声。良からぬ連中が、酔って入ってきたのだろう。
どうしてこういう連中は似たり寄ったりな台詞しか吐かないのだろうか。客の女性に絡んでいるらしい野卑な言葉が聞こえてくる。
マリアは、仕切りの隙間から店の中を覗いてみた。
騒いでいるのは海賊の一団。両手の指ほどの荒くれが、店員の制止を無視して女性の手を引っ張っていこうとしているところだった。
「………煩い奴らね」
「斬って捨てるか」
「待って、私が―――」
ミホークがやったら店ごとぶった斬ってしまいそうだ。見たところ大した連中ではないようだし、私がやるとマリアが言いかけたときだった。
銃声。そして悲鳴。
さすがにミホークが視線をそちらに向ける。マリアも慌てて仕切りの先を見ると、女性の連れ合いらしい男性が床に倒れている。
取りすがって泣きわめく女性の姿。遠目からもそれは哀れな光景だった。
「…………」
「……ムカつく」
何をするつもりか、とミホークが問う前に、マリアの手が動いた。
初めは、手の甲を上に。人差し指で、荒くれどもを指差すような仕草。
そして、マリアがそのまま手をひっくり返す。
「うわぁぁぁ!?」
「なんだァ!? 何が起こっ……」
そしてどしゃぐしゃごんっ!! と何かにぶつかるような音がした。
店内がどよめく。時折、どうなってんだとか誰か助けろと聞こえてきたが、もちろん誰も助けなかった。
マリアの動きは少ないものだったが、なにか能力のようなものを使ったのだろうと思われた。手配書からは、マリアの戦闘能力について詳しくはわからなかったが、マリアが「一人で」襲撃した海軍基地は壊滅的な打撃を受けているとミホークは聞いていた。
センゴクにかつて厄介と言わしめたとおり、それなりの腕があるのはたしかだった。
「おっお客様…! お騒がせして申し訳ございません…!!」
「そんなことはいい。何が起こった」
慌てふためいてやってきたウェイターに、ミホークが訊く。マリアは仕切りの向こうを見つめて動かない。
「は、その……あ、あの者たちが突然天井に…!!」
「天井だと?」
「はいっ、店の天井に張りついて…おります」
マリアがミホークのほうへ向き直って、意味深に笑った。
「おい落ちるぞぉぉ!?」
「どわぁぁぁ!?」
再び、悲鳴と騒音。
天井に張りついていたという奴らがどうなったかは大体想像がつく。
「なんかやられちゃったみたいだし…今のうちに海兵を呼んだほうがいいですよ?」
「はっ、あ、はいっ!!」
ウェイターが走り去るのを見送って、マリアは何事もなかったかのように席についた。
「何をした」
「あとで話すわ。それより、早く食べて部屋に戻らない?」
たしかに、海兵どもが来るのは厄介だった。マリアも賞金首である以上、長居は無用だ。
ミホークは酒のボトルを持って席を立った。
「…もういいの?」
「酒があれば良い。部屋に戻るぞ」
「うん…あ、お代を」
マリアが財布を出す前に、ミホークが札束をテーブルに放る。明らかに二人分よりも多い金額だった―――しかもミホークは値段を見ていないのだ。
マリアはその金銭感覚に呆れかえったが、今回は店側にもありがたいだろうから黙っておくことにした。
たぶん、さっきの騒動で、床と天井にはヒビくらい入っているだろうからだ。
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