03
風呂からあがったミホークが、ガウンを纏って戻ると、マリアは窓のそばで立ち尽くしていた。
何かあったのかと声をかけようとすると、構えたようにマリアが振り向いた。
「……おかえりなさいって変かしら?」
風呂からか。
「たしかに奇妙ではあるな」
「ふふ、でも他を思いつかなくて」
マリアがまたグラスに水を注いで手渡す。ミホークがそれを受け取りながらふと見ると、テーブルの花器に電伝虫が一匹いた。
「これはお前のか?」
「そうよ。それより、夕食をどうするか考えたほうがいいみたいなんだけど……」
下にレストランとバーがあるから、そこにする? とマリアが聞くと、ミホークは鷹揚に頷いた。
考えてみれば、丸一日近く何も食べていないわけだ。空腹も当たり前だろう。
「…上着と帽子、そこにかけておいたから」
「ああ」
ミホークが着替える間に、ちゃんと姿見で格好を確認してこようとマリアは洗面台へ向かった。
***
階下のレストランは、マリアが恐れていたほど絢爛豪華ではなかった。
宿泊客以外にも解放しているらしく、ちょうどよく賑やかで、これならあまり相応を気にしなくて済みそうだ。マリアは内心ほっとした。
席はそれなりに客で埋まっていたが、かなり緊張した面もちの店員が、静かなところへ案内してくれた。
奥のほうの席を仕切ってあって、簡単な個室のようになっている。
傲然と席につくミホークとは裏腹に、マリアはていねいに店員に礼を言った。
「…結構いいお店ね」
「そうか」
マリアはメニューを眺めるが、ミホークは手を出そうとしない。
「…なに食べるか、決めないの?」
「いつも店に任せている」
「……一番美味しいものをって?」
「ああ。あとは酒があれば良い」
マリアは大いに店に同情した。
そりゃさぞかし緊張するだろう。しかも相手が世界一の大剣豪、王下七武海として名を馳せる、凶暴極まりなさそうな男ならばなおさらだ。
作る側も運ぶ側も、文字通り命がけである。
マリアも店で一番美味しいものには興味があるが、店員とシェフにムダなプレッシャーをかけまくるのも申し訳ない。
(…意味ないかもしれないけど)
マリアはガチガチに固まっているウェイターを呼んだ。
「えーと…このお店のおすすめは何ですか?」
「えっ、あ、はぁ……と、当店のおすすめはこちらでございますが」
示されたのは肉料理。ミホークのほうを見やると、特に無反応……ということは、頼んでも害は無いだろう。
「じゃあ、それを二人分と、料理に合うお酒をお願いします」
「か、かしこまりました!!」
速やかに立ち去るウェイターに、やはりあんまり意味は無かったかとマリアは苦笑いする。
たしかに、ミホーク本人がいる前で緊張するなというほうが無理だったか。
マリアから見てさえ、猛烈な威圧感を纏う男。本人に撒き散らす気が無いのもわかっているが、一般人にしてみれば、ひたすら怖いに違いなかった。
「だいぶ怖がられてるわね」
「そうだろうな。好かれたいとも思わん」
「海賊、だから?」
「それもある。だが面倒だ」
きっぱりした言い分がミホークらしいように思え、マリアは微笑んだ。
「何か可笑しいか」
「ううん? 貴方らしいのかなって思ったの」
「………フッ」
ミホークがにやりとして、マリアもつられて笑った。
たしかに怖いのかもしれないけれど、こんな風に笑うこともあるし、話せば応えを返してくれる。
そう思う反面、それを知っているのはごくわずかであること、そしてそのわずかの中にいられることが、たしかな喜びだった。
料理は思ったよりも早く運ばれてきた。
しかも、料理に合わせたワインの他に、店長からだという上等のラム酒までついてくる有り様。
やはりムダなプレッシャーはしっかり効いていたらしい。
「悪くない」
「……それは良かったわ」
ミホークは、遠慮なくラム酒を瓶のまま飲んでいる。料理よりは、やはり酒が好きなのだろう。
軽く呆れながら、マリアもワイングラスを傾ける。
おすすめというだけあって、料理はとても美味しかった。合わせてもらったワインもぴったりだ。
チップは多めにしよう…とマリアが満足げに思ったとき。
にわかに店の中が騒がしくなった。
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