02
ミホークがお風呂に行っている間に、マリアは部屋を少し片付けておくことにした。
別段散らかっているわけでもないのだが、乱れたままのシーツや、お互いの服はさすがに気になる。……むしろ恥ずかしい。
まずはカーテンをあけて窓を開き、空気を入れ換える。黄昏時に近いのだろう。夕刻の、少ししめった涼しい風がやんわりと吹き込んで、気持ちがいい。
マリアはシーツをひっくるめて洗い物用のバスケットへ突っ込んだ。枕を叩いてふくらませ、揃えておく。
それから昨夜脱いでそのままだった服を回収した。
ミホークがいつも纏っている、黒い上着。無造作に放られていたそれも拾い上げて、ハンガーにかける。
上着にブラシをかけていると、壁際に立てかけられている黒刀が目に入った。
最上大業物「夜」。
その名前にふさわしい漆黒の刀身。柄には美しい紋様が彫られている。
磨き抜かれた匠の腕から生まれただろうその姿。佇んでいるだけでも存在感は重々しい。
だが居丈高な感じはせず、刀に言うのも可笑しな話だが、静かだった。
そんなところは主に似ている気がして、マリアは思わず見入ってしまった。
この刀は、どのくらい長くミホークと旅してきたのだろう。
おそらく彼が見たものをこの刀も同じように見てきたはずだ。
変わった形だが、やはり片刃で刀なのだと思う。
さすがに触るどころか、近寄る気にもなれないので、何となく黒刀からは離れて歩いた。
マリアはミホークの帽子も軽くはたいて上着のそばにひっかけておき、自分の服もたたんでしまうべくトランクを開ける。
小さめのトランクだが、中にはそれなりに物が詰まっている。服などの生活用品から、手配書、記録をつけるためのノートや冊子類。ログポースとエターナルポースなど航海に必要な旅支度。そして小さい電伝虫が一匹。
爆睡している電伝虫をつまんでテーブルに出し、マリアは服を小さく折りたたんで詰め込んだ。
電伝虫は、テーブルに平たい花皿があってそこに水がたまっていたので、そのそばに置いてやった。いつまでもトランクの中ではさすがに可哀相だろう。
「………」
黙って寝ている電伝虫。
これが鳴らないことが、マリアの背中をある意味で後押ししていて、またある意味では引き止めている。
これが鳴れば、相手はもうわかっている。
それがどんな内容で、相手がどのような声でそれを伝えるのかも知っている。
―――そして、ミホークと一緒にいることがわかれば、相手が何を言うかも容易に想像がつく。
だがそのとき、自分がどうするべきか、マリアにはもうわからなくなりはじめていた。
それなりに部屋はきれいになったので、マリアは部屋に備わった冷蔵庫を開けてみた。
数種類の酒瓶と、フルーツくらいしか無い。
何か夕食になるものがあれば、と思ったが、これでは間に合わないだろう。
できれば室内で夕食は済ませてしまいたいと考えていたが、そうもいかなくなりそうだ。ルームサービスは無いようだから、下の階まで降りなければなるまい。
マリアは、嘆息して黒づくめな自分を窓に映してみた。
動きやすさを重視しているので、洒落っ気はカケラも無い。足元がヒールなのは、女としての最後の意地でもあった。多少動きづらくても、能力が使えれば大した害にならないから。
しかしお洒落している余裕などはやはり無くて、腹をくくるしかないようだった。
彼と並んで、見劣りのする格好であってもだ。
いかにも女の子…な格好がしたいわけでもないし、ミホークがそういう女が好きとも思えなかったけれど。
どうして自分なのか、猛烈に気になってしまう。
女なんていくらでも……と言ったときのミホークの怒った顔を忘れていないから、直接訊くのは躊躇われたが。
彼と一夜を共にして、朝を通り越して、好きだと耳元で囁いた。そしてまだ一緒にいる。
彼が浴室からあがってきたとき、もしマリアがいなくなっていたら、どんな顔をするのだろう。
莫迦なことを考えたと、頭を振った。
不安は残酷さの理由にならないはずだ。
今すぐでなくても、いつか分かる。これから確かめていけばいい。
浴室の扉が開く音がして、思索は中断された。
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