04






 マリアの髪に、頬に触れて、熱を持った言葉を囁いて。
 早く己の名を呼んでほしいと切望しながら容赦なく追い詰めて、逃げ出す隙など微塵も与えず。
 一度掴んでしまえば、最早手放してやるつもりはなかった。
 初めて名を呼んだあの声も、触れた唇の温もりも、何もかも、忘れてなどやらぬと決めた。


 赤髪ならば、もっと巧みにやるのだろうとミホークは思う。
 自分は奴ほど器用でもなければ鷹揚でもない。だがマリアが、言葉少なな中から真意を感じ取ってくれはしないかと願いたいのは我儘だろうか。
 伝えたいことはシンプルで唯一なのだと。

「…すまん」

 マリアの顔にかかる黒髪をそっとかきわけて、とりあえず謝ると、マリアがミホークを見上げた。
 潤んだ瞳は正直理性によろしくない。しかもベッドの上、真下に愛しい女とくれば据え膳もいいところだが、話が進まなければ自分も納得し難い。

「なんで……謝るの?」
「お前が泣くからだ」

 率直に答えると、マリアは目をぱちくりさせて、それから微笑んだ。

「意外と優しいのね……そんなんだから嫌だとか言えないのよ」
「そうか」
「そうよ」

 マリアの泣き笑いのような顔。この顔は、以前にも見たことがある。そのときマリアが見ていた相手は自分ではなかった。
 あの時からずっとくすぶっていた感情が、ようやく消化されようとしている―――はずだ。

「嫌だと言わぬということは肯定と取って良いのだな?」
「………ただでは、済まないかもよ?」
「そんなことはいい。お前が何を思っておれといるのか聞きたいだけだ」
「そんなことって…本当にやばいかもしれない、のに…なんでよ」

 心配してる私が莫迦みたいじゃない……
 目を伏せて呟くマリアに、細かいことを気にし過ぎだと思う自分は能天気なのかもしれない。

 だがマリアは分かっていない。
 目の前にいるのは、七武海である以前に海賊であり、剣士であり……そして男であるということが。

「たしかに莫迦だな、お前は」

 む、と睨む表情さえも所有欲を煽ってくれる。

「いい加減理解しろ。お前の前にいるのが誰なのかをな」
「……ジュラキュール・ミホーク?」
「このおれにこんなに喋らせる女はお前だけだ」

 マリアが、目を見開いた。

ミホークが無駄口を叩かないことくらいはマリアもよく知っているはずだ。
 マリアの目が涙で揺れた。

「…泣くな」
「う……だって、ずるい、ミホーク…」
「何がだ」

 ぐすぐす言うマリアの目元に口づけて涙をぬぐってやる。

「だって……そんなこと言われたら…もう私なんにも言えない…」
「なら何も言うな」
「それ、ひどく、ない?」
「お前は細かいことを気に病みすぎだ」


 おれだけを見ていろと言っただろう。


 一瞬の間をおいて。
 マリアが、ミホークに抱きついてきた。ばか、どうなったって知らないからと言いながら。
 素直じゃないやつだと抱きしめかえすと、マリアが耳元で名を呼んだ。

「ミホーク」
「何だ」
「………」

 消えそうに小さい声だったが。
 マリアが囁いた想いのたけに、にやりとしたくなる。欲したものをついに手にした充足感。そして心までもつながった心地よさは堪らない。
 ミホークはマリアを引き剥がして、赤く色づいた唇に噛みついた。




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