03






 酒の味の薄さに苛立ったか、結局その晩は赤髪の船で明かす羽目になった。
 普段はあまり飲みすぎないうちに小船に引き上げるのだが、何かがミホークを引き止めたのだ。

 ミホークが酔いを醒ますべく後甲板へ歩いていった時だった。
 目指す場所にすでに人影があることに気づいて立ち止まる。暗闇に目を細めれば、そこにいたのは赤髪とマリアだった。
 他には誰もいない。
 赤髪のそばには大抵ベックマンか誰かついているはずだった。その違和感も確かなものだったが、何より向かい合っている二人の様子は少し気になった。
 邪魔をするのも無粋で、ただこのまま立ち去る気にはなれず。
 赤髪とマリアが何を話しあっているのか。間違いなく世間話などではないそれが酷く胸をざわつかせる。
 ミホークはそっと船べりに身を預けて耳を澄ました。
 遠すぎて、会話は細々と聞こえてくるのみ。波の音のほうが大きいくらいだ。
 月が雲に隠れて、薄闇が濃く変わっていく。
 刹那、わずかに海が凪いだ。

『……おれと一緒に、世界の海を見てみる気はねェか?』

 波音の狭間に聞こえてきたのは、意外な言葉だった。

 否、意外ではなかった。ある程度想像はしていたのだ、思考のどこかで。だからこそ去らずにこの場に立ち尽くしている。

 あの赤髪が自ら船に誘うなど―――それも単なる気まぐれでなく、目的さえ見据えた言葉をかけるとは。
 驚愕したのは事実だった。
 世界の海を見尽くすことは、赤髪の夢だ。
 麦わらが海賊王を目指し、ロロノアがミホークを超えんとしているのと同じように。
 その夢に、共に来ないかと誘う赤髪の意図を読めないほど、鈍くもなければ若くもない。

 月が雲から現れ出て、冴え冴えと甲板の二人を照らし出した。

『…――――』

 マリアが何と応えたのか。
 それは波音に阻まれて聞こえなかった。
 だがマリアは今にも涙しそうな、しかし気丈に笑みを浮かべようとしていたから、その表情から想像はついた。
 赤髪が、また右手でマリアの眦をそっとぬぐって、頭を撫でてやる。
 そしてそのまま、マリアを胸元へ抱き寄せた。

 薄暗い中、横顔しか見えない赤髪が何を考えているのかは、分からない。
 ただそれ以上盗み見るのは胸が痛んだ。 罪悪感、たしかにそれもある。だが二人が共にいる様を、見続けていることが嫌だったのだ。
 自分がどうにかなってしまいそうな、黒々とした不快さだった。


 その澱んだ思いが、怒りでも憎悪でもなく、さらにたちの悪いものだと気づいたのは、赤髪の船を去ってからだった。
 夜が明けきる前に自分の船に戻り、赤髪の船からも、そしてマリアからも離れてなお、脳裏をよぎるのはあの光景。

 たった一度出会っただけ。
 会話もほんの数言に過ぎない。
 だがそんな事実など関係ないほど、あの女が欲しい。

 赤髪のものにならなかったなら、自分が攫ったところで罪になどなるまい。
 欲しくなれば堪えはしない性分だし、奪うのは海賊の本分。
 あの青い目に自分だけを映させてみたい。焼けるような想いを注ぎ込んで、息もつかなくさせてみたいのだ。
 微笑むのも、涙するのも、己だけが理由になるように。



 ***



 あれから数年。海は果てしなく広いが、マリアを探し出すのは予想以上に困難を極めた。
 革命家の仕事はミホークが思う以上に忙しないのか、足取りが掴めても先回りできた試しがなかった。
 七武海の立場をある程度利用しても、マリアは上手く立ち回って海軍から逃げおおせては行方をくらますために、さっぱり情報が入らないのだ。
 賞金が更新された手配書だけが、道標のようなものだった。


 まだマリアがおそらく立ち寄っていない島に行って、酒場に寄ったとき。背中に視線を感じた。
 視線などいつものこと。だがふと気になり横目で元をたしかめて、思わずグラスを運ぶ手が止まった。
 求めていた存在が、自ら此方にやってこようとは。
 その先の行動に迷いなどなかった。




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