エヴァンの思いに、イザークも共感できるものは大いにあった。
赤服時代、仲間とともに正義を掲げて戦ったあの頃。たとえ借り物の正義だったとしても、プラントを護りたいと願ったことだけは、最後まで貫き通したつもりだ。
―――また、過ちも大いに犯した。
「私は…任務達成のためならば手段を選びませんでした。大勢殺しましたし……あらゆる男と寝ました」
沈黙と瞠目。
私は普通の女ではないんですよ―――エヴァンがパーティーで言った台詞。
想定の範囲外だった、わけではない。だがエヴァンの口から実際にそう告げられる衝撃、その暗闇に自らが加担していたかもしれない事実が、あまりにも過酷だった。
そして、情報源としてとはいえ…エヴァンと寝た男たちに、殺してやりたいほどの嫉妬が湧き上がる。
穏やかに告げられた真実がまっすぐ胸を貫いて、そして嫉妬がその傷をさらにえぐって、深く深くしてゆく…息が詰まるような思いだった。
「…つらかったでしょうね」
「…いえ…私は…その、気分の悪い話で申し訳ございません」
「いいのよ。それに、貴女がもし娘になるなら知っておかなければいけないしね?」
「…え?」
「なっ母上!?」
何を言い出すのかと問い詰めるような息子をものともせず、エザリアは微笑む。
その笑みによって、崩壊しかけたお茶会の雰囲気が立ち直っていく様に、エヴァンジェリンは気づいていた。
「でも、何も今すぐ全て話さなくていいのよ。あとはお若い二人にお任せしたいし…エヴァンジェリン嬢は、あとで私の部屋まで来て頂戴」
「はあ…分かりました」
「ちょっ、母上!! いったいどういう…」
イザークが何やら反駁しかけるが、エザリアの有無を言わせぬ微笑に黙殺された。ではゆっくり、と手を振って出て行く母を、唖然として見送るしかない。
残された二人の間には、気まずい沈黙が横たわっていた。
「………」
額に白い指をあてて俯いているイザーク。何を考えているのか、顔が隠れていてわからない。
(言わなければ良かった…かな…)
言わなければ延々嘘をつきつづけることになる。だが嘘にまみれて辻褄合わせをする付き合いには慣れていたはずだった。 ―――彼が傷つくことがわかっていたのに。
イザークが、自分をどう思っているか…それがわからないほど鈍くないつもりだ。
エザリアはああ言ってくれたが、抱えている闇は彼には重すぎるだろう。
後悔など無意味だとよく理解していたつもりだったのに、彼のことに関してはそうではなかったらしい。
「今の話……本当なんだな?」
「え?……はい、」
唐突な呼びかけ。イザークは体を起こして天井を仰いだ。
「その……」
「謝るつもりならやめておけ。俺は…今の話を忘れるつもりは無いからな」
エヴァンジェリンは言葉に詰まる。胸の奥から湧き上がる痛い気持ちに必死で平静のシャッターを下ろそうとしたがあまりうまくいかなかった。
俯いたエヴァンジェリンに、イザークはすまん、と言った。
「すまない、エヴァン…俺は……うまく言えないが……同じだ、お前と」
「え?」
意味を理解できず、聞き返す。イザークはとんでもない間違いを見つけてしまったような、渋面だった。
「その……俺も大勢殺してきたんだ。敵だと思った奴ら…邪魔だと思った奴を」
エヴァンジェリンは目を見開いてイザークを見つめる。
イザークが議員になる前。脱走したディアッカ・エルスマンを見逃したことと、一般人を虐殺した罪で軍事裁判にかけられていたことをエヴァンジェリンはまざまざと思い出す。
「俺はお前が思ってるほど、優しくもなければいい人間でもない……でも……」
言いよどむイザークを、エヴァンジェリンはじっと黙って待った。
「…お前に…二度とそんなことはさせたくない。…いや、二度とするな」
「……イザーク、でも、」
「絶対にしないで欲しい。俺がさせん」
反駁は無視。だが一見自己中心的な台詞とは裏腹に、彼がエヴァンジェリンを見る瞳は悲しげだった。
そしてイザークの言葉に、心が打ち震える思いがしたのも、事実だった。
「でも…私たちは…そのために生きてるんです…」
「ならそんなものは止めればいい」
エヴァンジェリンは頭を振る。彼だって分かっているはず、そんな容易い話ではないと。
「エヴァン……」
「っ…私は無理ですっ今更普通の女になんて、」
なれない、と叫ぶ瞬間、強く引き寄せられて気がつけば温もりに包まれていた。
イザークに寄りかかるような形で抱きしめられて、抵抗する腕も意味を為さない。
「イザークっ…」
「普通の女などいらん。エヴァンはエヴァンだ。俺はお前しか欲しくない…」
耳元で聞こえる言葉はあまりに理想的。
魔法のようだ。
「エヴァン、理由がいるなら、俺のために生きてくれないか」
お前がいなくなったら、まるで正気が保てない俺のために。
「イザーク…」
「…返事は今すぐじゃなくていい」
―――たとえ拒絶されても、もう手放すつもりは無いが。
引きずってでも留め置いてやる。二度とその手を汚させはしない。他の男に渡すなど論外。
イザークは抱きしめていた腕をほどき、エヴァンジェリンの顔をのぞきこむ。
金色の目は泣きそうに潤み、迷いが見えた。
「母上の部屋に行くんだろう? 連れていってやる」
「あ、……はい」
エザリアに言われた言付けを思い出したエヴァンが慌てて立ち上がる。
イザークはその手を握って、部屋を出た。
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