結局のところ、
あのときサングラスを外さなければ、
あの日が任務でなければ、
前日に買い物に出なければ、
こんなことにはならなかったかもしれない。
あなたはわたしをおかしくするだろうと、それだけはわかる。
***
「エヴァン……!?」
思わず、エヴァンは聞こえた声にぎくりとしてしまう。おかしなことだ、自分の名前なのに。いつも呼ばれているのに。呼ぶ声が違うだけで。
そして、サングラスを外したまま、その声のほうを向いてしまったのが完全に運の尽きだった。こんな言い方はなんだけれど。
「…イザーク?…さん?」
見開かれたアイスブルーが、エヴァンジェリンを見つめていた。
チィン、と陳腐な音を立ててエレベーターの扉が開いた。だが乗る人間は誰もいなかった。
「おい!? イザーク!!」
つかつかとエヴァンに歩み寄るイザーク。ディアッカの声にも、当然ながら止まるわけもなく、なんなく二人の距離が縮まった。
「イザー…」
「どうしてお前がここにいる?」
射抜くようなイザークの目にも、エヴァンはひるむ様子もない。
「どうしてって…それが私の仕事だからです」
「…どういうことだ!!」
「私も軍人です。イザーク=ジュール隊長」
昇進なさるのでしょう、と静かな声で言うエヴァン。おめでとうございます、と。
淡い金色が、まっすぐにイザークを見上げる。その目を見つめると言葉に詰まった。
「お前は……本当にエヴァンジェリンか?」
「そうです。…なにか?」
この名前は嘘なのか?
どうしてお前のデータが戸籍にないのか?
なぜ俺が白服になることを知っている?
お前はいったい何者なんだ。そしてこの不愉快な、痛い気持ちの正体はなんだ―――聞きたいことが津波のようにあふれているのに、のどの奥が痛くて、それ以上言葉が出なかった。
顔をゆがめるイザークに、エヴァンが案じるように手を差し出そうとしたとき、
「エヴァン!!」
呼びかける声に、お互いが顔をあげる。エヴァンの背後から呼びかけたのは青年だった。イザークと、歳はほとんど変わらないだろう青年。エヴァンと同じ黒い制服を着ていた。
その制服の胸元に、見慣れない赤いラインが入っていることに、イザークは今更ながらに気がついた。
「カオル…」
「どうしたの? もうすぐ時間だけど」
まさか絡まれてないよね? ふざけ半分にいう彼に、エヴァンが首を横にふる。
緑色の髪に、茶色い瞳。上品そうな青年はどことなくニコルに似ていた。
「まぁ、エヴァンがおとなしく絡まれてるわけないよね」
「…ばかなこと言わないで」
イザークの胸の内に、さっきとは別な、怒りに似た感情がわきあがる。エヴァンと軽々しくしゃべるこの男に対する―――黒々とした醜悪な感情。
知らず、にらみつけていたらしい。青年と目があった。
「初めまして。イザーク=ジュールだったっけ? 最年少臨時評議員で、隊長になるっていう」
「…貴様はなんだ」
「オレはカオル。エヴァンのパートナーだよ。よろしく」
軽く敬礼するカオルを険しい表情で睥睨するイザーク。仲良くやる気がかけらも無さそうなのを察知したエヴァンは、フォローにまわった。
「私たちは、いつも二人一組での行動が義務づけられているんです」
「そういうこと。…悪いけど、仕事の時間なんだ」
カオルは、行こうエヴァン、と廊下の向こうへ歩き出した。
「せっかく会えましたが…ごめんなさい。イザーク」
「いや…」
「…では、また会える時まで」
エヴァンは軽く会釈して、行ってしまった。
気の利いた台詞のひとつでも言えればいいのだが、生憎イザークにそんなものはインプットされていなかった。
ここで何も言わなければ、今度こそ二度と会えないかもしれないのに。
お互いが軍人ならば、尚更だ。
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