04






 イザークが会計をしている間、エヴァンは何気なく窓の外を見やった。
 服がハンガーにかかってずらりと並んでいるのだが、壁がガラスでできているため、道行く人々の姿がちらちらと見えるのだ。
 やはり手をつなぎあって歩いていく姿が多い。エヴァンが少し目を細めた時、ふと既視感を感じて背筋が冷えた。

 外の道。
 黒のコートを着て、アイボリーのマフラーをした男が、誰かと連れだって歩いていく。
 一緒にいる女性のほうを向いているために、エヴァンからその顔はうかがえない。だが背格好や立ち居振る舞いから、だいたいイザークの同い年くらいの青年かと知れる。
 少し長い藍色の髪。身体のラインは細いものの、それは柔な印象よりも、磨き抜かれた刃物のようだった。
 コートもマフラーも質が良さそうであることを除けば、どこにでもいそうな服装ではあったが、エヴァンの記憶にひっかかったのは、その歩き方やささやかな仕草が、よく知った者に似ていたからだ。

 下がっている服の隙間から見え隠れする、藍色の髪。
 エヴァンの眼は、自然とその姿を追いかける。

 視線を感じたのか、男が振り返って周囲を見回したようだった。ちょうど店に並んだ服が重なっているところで、エヴァンからは彼の顔は見えない―――それは、向こうも同じだったろう。
 そして彼はそのまま、また女性と並んで歩いていった。

 エヴァンは、嫌な汗がじわりとわきあがるのを感じていた。まさか、そんなわけはない……いくら似ていたからとはいえ、動揺する必要など、ない。ましてやありもしない想像など、しなくてもいいはずだった。

 エヴァンが知っている「彼」は既に死んでいるのだから。

 それでも胸騒ぎがするのは、今まで影の戦場に立っていたがゆえの第六感だろうか。
 銃が入っていないピンク色のバッグが、ひどく軽く感じられた。

「…エヴァン、エヴァン?」
「!? …あ、はい」
「……どうした? 大丈夫か?」

 いつの間にか戻ってきていたイザークに言われて、エヴァンは自分がすっかり物思いに沈みこんでいたことに気がついた。

「ご、ごめんなさい…少し考え事をしていたので」
「…顔色が悪いぞ」

 具合でも悪いのかと、イザークの眉間にしわが寄った。
 イザークの手がそっとエヴァンの額に触れると、すっぽりと額がその手におさまる。
 ひんやりした手は、心地よかった。

「熱はないみたいだが―――」
「…イザーク、大丈夫ですよ。ぼんやりしていただけですから」
「…本当だろうな?」

 怜悧な眉間のしわが深くなるのを見て、エヴァンは微笑んで見せた。
 同時に、懸念を思考の隅へと押しやる。かつて起こってしまったことが無かったことになどならない。死者がよみがえらないのと同じように。

「それよりワンピース、ありがとうございました…今度、着てみますね」

 そう言って袋を受け取ろうとすると、またイザークがそれを遠ざける。こういうのは男が持ってやるものだと言って。
 デートのローカルルールらしいものを全く知らないエヴァンとしては、もはや苦笑して受け入れるしかなかった。

「それより今度ということは、またこうして会えるということだな」
「……え?」
「……違うのか?」

 じゃあ何なのだと言いたげな、それでいて残念そうな、イザークにどぎまぎしてしまう。イザークに社交辞令のような一言が通用しないことを、エヴァンは失念しかけていた。
 それに、イザークと会うときにこれを着て行こうと考えたのも事実でもあった。
 思考の流れはすでに自然とイザークを受け入れてしまっているのだから。

「えーと……違いません、よ」
「!……そうか」

 イザークの感情は伝わりやすい。
 良くも悪くも、だ。エヴァンが諜報員として活動していたがゆえの勘の良さではなく、彼が思うこと、それがダイレクトにエヴァンには伝わってくる。
 彼がきっと、まっすぐにエヴァンだけを見てくれているからだろう。
 彼の思考を、視線を占めているのが自分だけだという事実、それは嬉しく、そして醜いほどの優越さえ生みだす。
 美と醜、相反するはずのものが自分の胸の内で仲良く同居しているのは、不思議な気分だった。

「イザークは不思議ですね」
「……何がだ?」
「私が知らないことを、たくさん教えてくれますから…それが何だか、嬉しいんです」

 変なことを言ってごめんなさい、と続けようとしたとき、ぎゅうっとエヴァンの手をイザークが握りしめた。
 軽く痛いくらいの握力で、エヴァンは思わずびっくりする。今までは、おそるおそるといった感じで、やんわりと繋ぎあっていただけだったのに。
 だがそれは不機嫌や苛立ちを伝える熱さではなくて、離したくないと言外に語っているかのような、そんな不器用な握り方だった。

「…行くぞ」

 ぐい、とエヴァンの手を引いて店を出たイザークの背中を見ながら、エヴァンは口をつぐむ。
 何か言葉で語るよりも、握られた手のほうがよほど雄弁に感じられた。




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