03
入った店で、慣れないなりにいろいろと物色してみる。エヴァンは、自分の思考がどうにも動きづらいだの目立ちそうだのという辺りに飛びそうになるのを、何度も抑えなければならなかった。
いま着ているものと似ていれば、ハズレはあるまい…似合う似合わないは兎も角。そんな後ろ向きな思いを抱えながら服を見てまわる。
「あ、…これなら」
大丈夫かもしれない、とエヴァンが手に取ったのは、薄いアイスブルーのワンピースだった。
初めてイザークと会ったとき、似たような色のものを着ていた。こちらほど可愛らしい作りではなかったが。
イザークも、エヴァンが以前同じ色を着ていたのを思い出していた。自分に関わる色を着てくれるのは、たしかにとんでもなく嬉しいのだが……
「どうですか? イザーク」
「あ、ああ……よく似合ってる」
一緒に来てくれているのだし、身体に合わせた服をエヴァンがイザークに見せると、何だか歯切れが悪い。
本当は似合っていないのだろうかとエヴァンが首をかしげると、イザークが慌てたように別なハンガーを取って言った。
「エヴァン、こっちもどうだ?」
「…それですか?」
イザークの手にあるのは小花柄の桃色のワンピースだ。生地はビロードだろうか。サテンよりも厚みのある、毛が立ったものだ。これから冬場になるのだし、季節柄にもあうだろう。それはまだ良い。
しかし桃色、総柄とあっては似合う者も限られてきそうではあった。
「似合うでしょうか…私に」
「…そんなに心配することじゃないと思うが」
「…そうでしょうか」
するとイザークが、エヴァンの肩をとってくるりと振り向かせる。そして持っていたピンクのワンピースをエヴァンの身体に合わせてくれた。
エヴァンが見た鏡の中には、イザークと並んで、同い年くらいの女の子が立っている。
今まで「仕事着」としてしか認識してこなかった可愛らしい服が、鏡の中の少女にはぴったり合って見えた。それは見たことのない自分でもあって、過去にも似たようなものは着ていたはずなのに、どうしてこうも違うのかと、エヴァンは思わず考えてしまった。
「似合ってるだろう?」
そう言ってくれる、隣に立った青年。
彼の存在が如何にこの場所で―――そして今の自分にとって大きくなっているのかを、鏡に映る二人は、歴然と示しているかのようだった。
「……そうですね」
次にイザークと会うときには、これを着ていこう。
きっと彼は喜んでくれる。
「じゃあ、これを……」
「あ、エヴァンはここで待っていろ。…おれが払う」
「えっ? それは申し訳ないですから、いいですよ。お金なら十分ありますし」
金銭面で困ったことはないし、そこまでイザークの手を煩わせることはあるまい。エヴァンが遠慮してワンピースを手に取ろうとすると、イザークが持っていたワンピースをその手から逃がそうとする。
「だ、だからおれが払うと言ってるだろうっ」
「何故ですか? そこまでしていただくわけには…」
ひょいひょいと遠ざかるワンピースを手で追いかけながら、エヴァンが真顔で問うと、イザークの白磁の肌に赤みがさした。
「…あのな…!! その、なんというんだ…」
「……何なんです?」
「要するにだな、…おれが買ってやりたいと言ってるんだ、その……好きな女の服なら」
デートだしな! と言い放ったにしては、顔を背けたままのイザークの頬が赤い。
もしかしなくとも、これは確実に「照れている」というやつではないだろうか。とエヴァンの頭が冷静に隅っこでつぶやいた。
―――だいたい、彼は今何と言った?
好きな女の服なら。
意味がようやく脳内理解に達して、今度はエヴァンが赤くなる番だった。
「……あ、あの……」
「だからいいからここで待っててくれ」
早口で言うと、イザークはワンピースを持って、そそくさとレジへ歩いていった。
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