04






 上官の一人が唐突に言ったねぎらいに、イザークは瞠目する。
 言う相手を間違えているのではないだろうか。テロリストを制圧したのはエヴァンたちで、イザークは直前まで何も知らなかったのだから。

「テロを警戒したキミが、予め彼らを配備したのだろう? 若いのになかなか見事なものだった」
「な、私は…「ええ。ジュール隊長の采配で事なきを得ました」

 否定しようとしたイザークを、カオルが遮る。
 振り向いたイザークはこれ以上ないほどの渋面で、どういうつもりだと全身で問うているようだった。無理もない。
 潔癖な彼は、こういうやり口を嫌がるに決まっていた。
 だが<アンノーン>は非公式の部隊。今こそある程度の自由があるものの、上層部としてはそれを公的に黙認できない。
 イザークの評価も上がるのだし、上官としては当然の対応と思っているだろう。

「迅速に目標を確保でき、感謝しております」

 カオルはあっさりと言い放って口裏を合わせる。エヴァンは黙ったままで、口を挟む様子はなかった。
 上官たちが満足げに立ち去ったあと、イザークはカオルに詰め寄った。

「貴様、なぜあんなことを言った!?」
「あー、気に障った? 一応謝るけど、仕方ないよ」
「……それがお前たちの仕事なのか?」
「その通り。オレたちはあくまで影なんだ。何か手柄を立てたって、それがオレたちの名誉になるわけじゃない。そういうものはあくまで君たちのものでなくちゃならないのさ」

 君のほうが大事だからね。あっさりと言いきったカオルに、イザークは奥歯をかみしめる。
 隊長ともなれば、こんな理不尽、山のように降ってくるだろうと覚悟はしていた。議員であった頃でさえ、私利私欲にまみれた愚か者どもを何度怒鳴りつけてやりたくなったかしれない。そんな濁りを飲み込んでなお、自分を信じてくれる部下たちを率いていかねばならないのだ―――耐えるだけの、我慢は身につけてきた。
 それでも容易く割り切れないのだろうイザークを、カオルは少し眩しそうに眺める。

「今回の護衛対象が君みたいな隊長で良かったよ」
「…なに?」
「独り言さ。さて、エヴァンから何かあるみたいだけど?」

 呟きにして大きすぎた本音を、カオルはさらりと流し去る。
 促された形になったエヴァンは、後ろに持っていた箱をそっとイザークに差し出した。

「あの……せめてもの見送りにと」
「エヴァン……オレに、か?」
「はい。あ、でも……さっきのことで中身が、ちょっと」

 エヴァンが申し訳なさそうに箱を開けると、おそらく整然と詰められていただろう焼き菓子が、ずれてしまっていた。形が崩れていないのは、もとの出来上がりが良いせいだろうとイザークは勝手に断じる。

「ごめんなさい…作り直した方が、」
「いや、いい!…このままでも十分だ」

 箱から立ち上る、ほんのりとした甘い香り。エヴァンに想いを告げたお茶会のときに食べた、あの菓子の香りだ。苛立ちが噴火しかけていた心が少しずつなだめられていくのを、イザークは感じていた。
 彼女が、自分のことを思って作ってくれたのなら何でも嬉しい。
 青い初恋のような台詞だが、今の心境はそれ以外のなにものでもなく、イザークは顔をほころばせる。
 エヴァンも、イザークがようやく微笑んだのを見て、そっと息をついた。

「エヴァン、オレが戻るまで待っていてくれるか?」
「……ええ。お待ちしてます」

 だからどうか、お気をつけて。

 わかってる、と返して、ボルテールへ乗り込んでいくイザークを、エヴァンは見送る。
 彼が喜んでくれ、苛立っていた気持ちを少しでも和らげることができたのなら、これ以上のことはない―――そう思うはずが、気持ちはさらにその先をも求めてしまう。
 必ず無事に帰ってきてほしい。それだけではない。なるべく早くもう一度会いたいと願い、そしてその先にあるイザークとの約束を果たしたいと、願ってしまう。
 彼が戻る最初の休暇は、ともに過ごすと約束していたから。

 今夜、彼はきっと通信で連絡をくれるだろう。
 そんな予感に胸がはずむのを、エヴァンはもう嫌と言うほど自覚していた。




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