02






 ボルテール内・隊長執務室。
 目指していた白服をまとったイザークは、議員服を着ていたときよりさらに大人びて見える。
 だが本人の胸中それどころではない。そしてもともと隠すのが下手だからか、もとより隠す気がないのか、じりじりしているのは丸わかりだった。

「隊長、いい加減落ち着いてください。そんなに心配しなくても進宙式くらいすぐ終わりますよ」
「…そんなことはわかっているっ!」

 いや、わかってないでしょアンタ。と言ってやりたいのを抑え、シホは深々とため息を吐く。
 苦笑したディアッカが言った。

「いや、イザークが言う通りだぜ? 進宙式のことは全然心配してないから」
「じゃあ何が心配なんですか」
「愛しのカノジョが来てくれるかどうかってこと」

 シホが目を点にしたのと、イザークが真っ赤になって怒鳴ったのとほとんど同時だった。

「なっ貴様なんでそれを知っている!!」
「いや見てれば誰にでもわかるし…つぅかイザーク」

 がしっと親友の肩に腕を回してディアッカが言う。

「俺には紹介してくれないわけ?」
「…ハッ、貴様なんぞに紹介するわけがないだろうが」
「うわ酷ぇ、エヴァンちゃんすごい美人じゃねーか!!」

 あんないい女独占しやがって!! と騒ぐディアッカに、イザークは気安く名前で呼ぶな!! と怒鳴り返す。端から見ればくだらないことこの上ない。

「二人ともやかましいですよ。つーかくだらないんでやめて下さい。もうすぐ進宙式始まりますけど」
「だってよ、ホントに美人なんだって! シホも見たら驚くぜ」
「…まぁたしかに興味ありますけど。てかそんなに美人なら隊長にはもったいなさすぎじゃないですか?」
「貴様ら…っ」

 好き放題にしゃべる部下二名に、イザークが殺気を込めて「あとで覚えておけよ」と呟いたとき。

『イザーク・ジュール隊長…まもなく進宙式が始まりますので格納庫へおいで下さい…』

 無機質な呼び出しが鳴った。



 ***



 先ほどまでは動物園のクマだかトラだかのような隊長だったが、一度公の場に出れば、けじめはつけるらしい。
 ディアッカも、シホも、イザークが仕事に忠実であることはよく知っている。
 整然と並ぶ上官たち。背筋を伸ばして立つイザークの姿は、彼らの前でも気圧される様子はない。
 だからこそ、シホも赤服としてジュール隊に残る道を選んだ。

 長々と述べられる口上の隙に、シホは何気なく上を見た。
 格納庫の壁には張り出した通路がある。そこに、見慣れない黒い軍服を着た人間が二人いた。進宙式の様子を上から見ているようだ。
 片方は茶色い髪の女。もう片方は緑の髪の男。どちらもサングラスをかけていて、顔は見えない。
 誰なのか…ザフトの黒服といえば艦長クラスということになるが、それにしては若すぎるように見える。
 シホは訝しく思ったが、いま騒ぐわけにはいかない。

 イザークも、進宙式の直前から、通路の二人には気づいていた。
 エヴァン…そして隣はカオルだろう。
 なぜあんなところにいるのかはわからなかった。カオルが一緒なのも気にくわないが…本当に来ていることがわかるだけで、ささくれ立っていた胸中が落ち着いてゆく。
 通信も、電話も、お互いにぎこちなくて、最近は会話があまりうまくいかなかった。なにか話そうとすると、お互い同時に話してしまったり…それさえも嬉しい気がして、何とも言い難い、甘酸っぱい気分になるのだった。

(エヴァン…)

 すぐ帰ってくる、と改めてメールしておこうとイザークは思う。だから待っていて欲しいと。
 隊長になってから取れる最初の休暇は、エヴァンと一緒に過ごすと決めていた。

 口上が終わり、総員の敬礼。わずかな間をぬって、イザークがもう一度エヴァンを見上げたとき。

 背筋に悪寒が走った。
 それは、ずっとパイロットとして前戦を駆けてきたイザークの、危険を察する第6感のようなものだった。

 エヴァンとカオルが、後ろを見るよう示す。

「…伏せろっ!!」

 振り返ったイザークが、反射的に叫ぶのと、エヴァンとカオルが弾かれたように動いたのは、ほぼ同時だった。



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