05






 イザークがエレカの助手席側の扉を開けて、乗るように促す。エヴァンも抵抗はむしろ無礼と判断して大人しく滑り込んだ。
 イザークが運転席に乗り込んで、白い手がハンドルを握るのを、エヴァンは何とはなく眺める。
 かつてデュエルを駆っていた手。評議会を辞した後は、ボルテールで兵たちを率いて指示を飛ばすのだろう。
 不思議と彼の手が触れてくるのを嫌だと思ったことはなかった。

「…行き先は宇宙港でいいんだな?」
「はい。アプリリウスに戻りますので…」
「アプリリウスに住んでるのか?」

 少し遠いな、と呟くイザーク。

「シャトルとエレカなら、すぐです。コロニーの移動には慣れていますから…」
「いや。母上が行くのに、だ。俺は基地から行けるからいいが」

 意外な言葉に、エヴァンは思わず隣を見つめてしまう。イザークは横目でエヴァンを見返した。

「…母上が嫌か?」

 エヴァンは、首を横に振った。

「…素敵なお母様だと思います」
「いろいろ言われたんじゃないか? さっきの話も…」
「いいえ、女同士の他愛ないことですから」

 さらりと言うエヴァンに、イザークは、母と彼女が二人きりで共有する何かがあったことを悟る。…それさえも嫉妬したくなるのは呆れを通り越して狂気の沙汰だろうか。

「…イザーク」
「なんだ?」
「貴方の艦の進宙式…来週ですよね」

 白服に昇格したイザークが持つことになった艦はナスカ級で、戦後に初めて宇宙へ出る艦だ。
 エヴァンのことで頭も心も精一杯で、来週頭に正式な就任式を兼ねた進宙式があるのを忘れかけていた。

「そういえばそうだが…なんで知ってるんだ?」
「軍の情報に関しては、私のほうが詳しいですよ?」

 ―――たしかに、エヴァンはイザークよりも軍の機密に近いところにいるだろう。

「その進宙式…私も行っていいですか」
「なっ……来るのか!?」
「…だめでしょうか」
「だめなわけがあるかっ」

 にわかに跳ね上がった心臓。エヴァンが見送りに来てくれるのなら…この別れもそう残念なものではないかもしれない。

 嬉しそうなイザークに、エヴァンも自然と頬がゆるむのを感じる。

「なにか、必要なものがあるなら持っていきますが…」
「必要なもの…か」

 しばしの沈黙。考えるそぶりを見せたイザークは、口の端をあげて言った。

「通信機だな。それから携帯電話だ」
「え? 通信機ならボルテールに装備がありますが…それに携帯電話はお持ちでは?」

 通常のナスカ級軍艦に通信機がないはずはない。たしか、ボルテールには最新式の配備があったと記憶している。
 携帯電話も、評議員だったイザークが持っていないわけはない。
 不可思議そうにたずねるエヴァンに、イザークは言った。

「軍用なら勿論あるだろうな。必要なのはお前専用のだ」
「……え?」
「それがあればいつでも連絡できるだろう? 次はいつ休暇がとれるかわからんからな」

 ―――ついでに、エヴァンに通信拒否権もなくなるわけだが。

「それはっ、そうですが…」
「宇宙港に行く前に寄るぞ」
「ええっ!? 今からですか?」

 なにか不都合があるのか、と真顔できいてくるイザークに、エヴァンは力なく、いいえ…と答えるしかない。
 たしかに戸籍が無いためにエヴァンはプライベートでの携帯電話を持っていない。軍用の連絡機器は持っているが、相手はだいたいカオルか、上司くらいだ。
 そもそも、プライベートを通じてつきあう相手がカオル以外いないのだから当たり前なのだが。

 …なにげない一言がとんでもない藪蛇になった。
 イザークには、誤魔化しが効かない。たいていの人間はうまいことやり過ごしてしまえるのに、彼の場合はその巧妙さが意味をなさない。

(というより……私がばかになってるのかしら)

 単純に、理由はそれだけかもしれない。

 イザークのことは嫌いではない。

 嫌いではない…

 ならば何だというのか。

 もう答えは見えている。だがそれをつかみ取ることを自分は本当に赦されているのだろうか?

 エレカのスピードがあがったのを感じて、エヴァンは密かにため息をついた。




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