04






 イザークに連れていかれた部屋は、主のものらしく広々としていて、豪奢だった。
 それでも落ち着きとゆるやかな柔らかさを感じるのは、家具の趣味がいいからだろうか?
 現れた二人に、エザリアが微笑んだ。

「話は済んだかしら?」
「ええ、まあ…母上の話というのは?」

 できることなら、あのまま自分のものにしてしまいたかったくらいだが…言いたいことは言えた…つもり、だ。
 エヴァンジェリンが何者だろうと、もはやこの気持ちに歯止めなどかけられないのだと。

「話というほどではないけれど…とりあえず、イザークは席を外せ」
「……はっ?」
「エヴァンジェリン嬢と二人だけで話したいの。それまで隣で待つように…いいですね?」

 いろいろ言いたいことが喉元まで出かかったが、何とか抑えるイザーク。母がいったい何を企んでいるのか知らないが、あとでエヴァンから聞き出せばいい。

「わ、かりました…」

 不満たらたらなのが丸わかりだが、イザークは大人しく出て行った。取り残されたエヴァンは嘆息してエザリアを見る。

「…よろしかったのですか?」
「ええ。イザークがいては話せないもの…貴女もわかっているでしょ?」

 苦笑いしたエザリアを見て、話というのがどんなものか、エヴァンも察しがついた。

「私はね、エヴァンジェリン嬢…貴女のことを今更恨むつもりは無いの。あれは時代が望んだことだったのだから。イザークもそれはよく理解しているはず」
「やはり気づいておられたのですね。私とカオルがあの時エザリア様を連行した<アンノーン>だと…」
「…ええ。まさか、こんな形でまた会うなんて思わなかったが」

 一瞬、エザリアの目がエヴァンジェリンを飛び越して遠くへ向けられる。それは過去へ思いを馳せてか、それとも扉の向こうにいるだろう青年への思慕か―――

「イザークは、貴女が<アンノーン>として強硬派と対立したことは知っているが…あのことは知らない。そして、私は知らないままにしておきたいの」
「イザークを傷つけたくないから、ですか?」
「貴女もそう思っていて欲しいと、私は願っているのだけれど」

 エヴァンジェリンは悟る。
 もう答えなど決まっていたと―――イザークと、初めて出逢ったときから。
 繊細で、純粋。不器用。優しいくせに、それをうまく伝える術を持たない。
 そして冷たい外見に不釣り合いなほど、正義感に満ちた焔のような意志の持ち主。
 他人を観察するのが仕事だったエヴァンジェリンは、短い付き合いながら、イザークの性格がだいたい掴めていた。

 …彼といると、自分が想われていると嫌でも感じることができる…
 カオルにはないもの、今まで味わうのを拒んできた感情が、分かる。

「私は…彼に幸福であって欲しいと思っています。たとえ、隣にいるのが私ではなかったとしても」

 エザリアは、それを聞いて安堵していた。
 彼女ならば、息子を任せてみても大丈夫かもしれない…イザークを取り巻いて、その姿を覆い隠してしまおうとするものにぶつかっても、そう易々とは倒れまい。
 彼女さえ、それに向き合ってくれたのなら。

「ありがとう、エヴァンジェリン嬢…私は貴女とイザークが一緒に幸せになってくれたら、なお嬉しいが」
「いえっ、それはまだ…」

 早く娘が欲しいと思っていたところだと笑ったエザリアに、エヴァンジェリンは気が早いのも母親似かと内心ため息をついた。

「…扱いにくいと思うかもしれないが…貴女さえいいのなら、私はイザークをお願いしたいと思ってるわ」
「でも、エザリア様…まだ早いお話では」
「見たところ、イザークは心を決めたようだし、あとは貴女次第だから。先に言っておこうと思ってね?」

 まるでエヴァンジェリンの迷いにも気づいているようだ。…実際、気づいているのかもしれないが。
 そのとき、扉が不機嫌そうにノックされた。どうやら外ではもう待ちくたびれているらしい。

「入りなさい、イザーク。もう遅いし、エヴァンジェリン嬢を送って差し上げなさいな」
「っ……もうそんな時間か」

 ようやくエヴァンジェリンを自分のもとへ奪還できるかと思いきや…日はすでに傾きかけている。女性を長々と暗くなるまで引き留めるわけにもいくまい。

「…家まで送る」
「で、でも申し訳ないですし…」

 それにカオルが、とエヴァンは言いかけて、やめた。切実な目で見つめてくるイザークが、無言でそれくらいさせろと訴えているようで…

「支度はいいのか?」
「…はい。大丈夫です」

 エザリアに頭を下げて、エヴァンジェリンはイザークにつづいて扉へと向かった。




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