02






 イザークは、母とエヴァンのやりとりにひっかかるものを感じた。しかし、こわばっていたエヴァンの表情が和らいで、ふっと微笑みさえ浮かべたことに驚いた。
 たった数言の会話に、彼女の緊張をときほぐすほどの何かがあったのだろうか?

 …そしてエヴァンが自分ではなく、母ばかり見ていることが何だか釈然としない。

「…母上。紅茶が冷めますが?」
「あらっいけない。エヴァンジェリン嬢のお菓子もいただかなくてはね」

 自分がいることを忘れないでいただきたい、と言外に言った息子に苦笑し、エザリアはエヴァンにも紅茶を薦める。
 エヴァンが焼いてきたというマドレーヌに手を出していたイザークは、その出来の良さに驚いた。

「うまい…」
「…お口にあったようで安心しました」

 エヴァンがまた微笑む。
 しっとりした焼き加減は絶妙で、甘みも強すぎず、甘いものが得意ではないイザークも抵抗なく食べられた。
 まさかエヴァンの手料理を味わえるとは、母には当分頭が上がらないに違いない。
 マドレーヌは、イザークの好きな紅茶とよく合った。

「ああ、そうだ…エヴァンジェリン嬢、立ち入ったことを聞くようで悪いのだけれど…貴方の姓名を聞いても構わないかしら?」

 エザリアが聞くと、エヴァンは紅茶のカップを置いて答えた。

「私に姓名はありません、エザリア様」
「それは…戸籍が無いことと関係あるのか?」

 また置いていかれるのを恐れたイザークは口をはさむ。エヴァンは曖昧な笑みを浮かべた。

「そうですね。けれどもそのことをお話するなら、<アンノーン>がどういう組織かをお話しなければなりませんが…」

 イザークとエザリアがそれでも構わないという素振りを見せると、エヴァンは淡々と語りだした。

 エヴァンジェリンをはじめとする<アンノーン>の隊員は、イザーク同様第二世代のコーディネイターである。つまりコーディネイターの夫婦から産まれた子どもということだ。
 通常、コーディネイターの素質は子どもに受け継がれるため、第二世代は意図的な遺伝子操作を受けない。だがエヴァンジェリンは、本来不必要なはずの遺伝子操作を受けて産まれた。両親の目的は、より自分たちの望む通りの子孫を、だった。

「…結果から言わせていただくと、私の場合、遺伝子操作は失敗しました」
「失敗!? そんな――大丈夫なのか!?」

 イザークは思わず身を乗り出す。コーディネイターは遺伝子操作によって、先天的異常や多くの病気を克服した。もしエヴァンに失敗による病気や何かがあるのなら…心配するに決まっている。
 エヴァンはイザークの勢いに驚いたようだったが、やんわり微笑んで言った。

「大丈夫です。先天的異常も持病もありませんし、身体能力的には普通のコーディネイターとほとんど変わりません」
「……そうか」

 安堵して、大きく息を吐くイザーク。エヴァンはその姿を嬉しく思う自分を抑え、話し続けた。

「では何が失敗だったか……容姿が母親似だったからです。両親は父親に似せて、よりコーディネイター的にしたかったらしいのですが」

 イザークが目を見開く。

「失敗…というのはまさかそれだけか?」
「ええ、それだけでした。そして父は私と母を捨てて失踪、母もそのあとにすぐ亡くなりました。…<アンノーン>は、そういう事情を抱えた孤児を集めて作った部隊です」

 エヴァンは紅茶を一口含み、少し金色の目を俯かせて話しつづける。

「私たちに戸籍が無いのは、両親が戸籍登録をしなかったからです。よって姓名もありません」

 エヴァンジェリンの場合は、名前だけはあったらしい。母が死ぬ直前にメモして遺したのだ。名前さえ無かった者には、軍の担当者が名前をつけていた。

「任務中はもちろん偽名でしたから、特に問題ありませんでした。容姿が派手でなかったことも役立ちましたし」

 あっさりとエヴァンジェリンは語るが、その姿が逆に痛々しく見えた。

「…では<アンノーン>には生まれたときからずっと?」
「はい。軍内部に養成施設がありましたから、そこで訓練を受けて育ちました」

 親もなく、物心ついた時からひたすら訓練ばかり…端から見れば不幸そのものかもしれない。
 たしかに「普通」に憧れたことが無いわけではなかった。だが普通ではないからこそ、成せる任務だった。

 プラントの未来を支えるために…

 自分たちがやらなければ、死ぬ人間は倍増する。
 そう言い聞かせて、奔走した。手段を選ばずに。




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