03






「…は!? 母上、それは…」
『お前だけでは<アンノーン>には接触できないでしょ? だから母が動いてやったの』

 電話に出たイザークは、母の突拍子もない提案に驚きを隠せなかった。今もしエレカを動かしていたら、事故でも起こしていたかもしれない。

「ですが、いきなり明日というのは…」
『言っておくけれど、向こうからは良いと返事がきています。今更断れんぞ』

 しかも事後報告だったらしい。イザークは母のアグレッシブさに頭が下がる思いだった。
 たしかに、エヴァンに自分から連絡する術が無いのは事実だ―――見かねたエザリアは、カナーバを通じて<アンノーン>をジュール邸に呼びつける約束をとりつけてきたのだった。
 我が母ながら恐れ入る。イザークは改めてエザリアに畏敬の念まで抱いた。

『明日の午後3時だ。いいですね?』
「はい…ありがとうございます、母上」
『では、帰りを待っていますよ』

 ピ、と電子音を立てて通話が切れる。
 イザークは面食らったが、これは思いもよらない好機だった。エヴァンジェリンが自宅まで来るのなら、今度は周りに邪魔されずに二人きりで話すことができる。
 なにより、エヴァンジェリンが母の誘いを断らなかったことが嬉しい驚きだった。

 昨日のダンスの合間、エヴァンジェリンはぽつぽつと自分のことを話してくれた。<アンノーン>に所属する隊員たちには戸籍がなく、エヴァンジェリンも例外ではないこと。<アンノーン>の仕事が、主に地球への潜入と情報収集であったこと。道理で、パイロットだったイザークとは面識が無かった。
 カオルとは、ほとんど生まれた時からの付き合いらしい。…大いに妬ける話だったが、エヴァンジェリンはカオルを心から信頼しているようだった。
 一方で、カオルを除けば、色ついた男の話はまったく出なかったことに、イザークは優越感を感じたのだった。敵軍にもぐりこむという凄まじい緊張の中にあっては、恋愛などに現を抜かす暇などなかったに違いない。
 …もし男がいたとしても、諦められるはずはなかったが。

(エヴァン…)

 明日がとてつもなく待ち遠しい。
 イザークは、何度となく思い返してきた名前を反芻して、どうもてなそうかと思いめぐらす。
 らしくもなく浮足立つ気持ちが、不思議なことに嫌ではなかった。


 ***


 ―――ジュール邸では、エザリアが息子との電話を終えて、一息ついたところだった。
 窓の外を見ると、人工の空は夕暮れの橙に塗り替えられようとしていた。黄昏の光が部屋に差し込んで、紅茶の色を際立たせている。

「これは、私への罰…なのかしらね」

 思わずつぶやく。
 罰か、それとも恵みか…それはまだ、わからない。

 脳裏によみがえるのは、停戦直前の記憶。プラントの、そして強硬派の勝利を確信していたとき、軟禁されていたはずのカナーバがあらわれて言った。

『どうか抵抗しないでください…エザリア』

 やつれたカナーバの後ろには、茶色の髪の少女と、緑の髪の青年がいた。彼らが纏っていた、すその長い黒い軍服に、胸元の赤いライン……そして彼らが手にした銃を見て、裏切られていたことをようやく知ったのだ。
 二人はサングラスで目元を隠していたが、エザリアはその姿をよく覚えていた。
 まさか、議員の一線を退いてなお、こんな形で相見えようとは。

 イザークの前では平静を装って<アンノーン>のことを教えたものの、唯一心惹かれている女が、かつて母を連行した人間だと知ったとき…最愛の息子がどうするのか、エザリアには想像もつかなかった。
 ただひとつ願うのは、繊細な彼を傷つけたくないということ。
 母か恋人か…など、あまりにも残酷で、ナンセンスな悲劇ではないか。

 戦争は終わった。祖国は和平への道を手探りでたどろうとしている。武力をふりかざすことなく、対話と忍耐によって。
 ならば、自分もまたそれに倣わねばなるまい…愛する者のために。
 エザリアは物憂げに、嘆息した。




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