03






 頬に触れた彼の手は、熱があるわけでもないのに、炎の先のようにあつく感じた。
 イザークの手は大きくて、エヴァンの頬を心地よく包む。

「エヴァン」

 イザークが、もう一度呼んだ。
 エヴァンを見つめる彼は、切なげで、優しく―――先刻の怒った顔からは想像しがたいほど穏やかだった。でも、青い双眸の奥には揺るがない炎が見える。
 エヴァンは思わずイザークに見入る。そっと近付いてくるイザークは、あまりにも魅力的な「男」だった。

「イザーク…」

 エヴァンは、思わず一歩下がる。
 もし、自分が普通の女だったら、彼に歩み寄っていただろうか? 考えもしなかった「もしも」が、脳裏を駆け巡った。

「逃げるな、エヴァン」
「…イザークっ」
「…俺から逃げるな」

 切なさが増した、薄青い双眸に、エヴァンは何も言えなかった。背後にテラスの縁が当たって、もう逃げ場もないことを悟る。
 息が詰まるほど高鳴っている心臓。だがエヴァンの頭の片隅では、警鐘がうるさく鳴り響いている。
 彼を受け入れてはいけないと。

「エヴァン―――」

 もはや吐息が出会うほどの距離。イザークの手がエヴァンのうなじにまわされた刹那、

「……っ」
「イザーク、それはだめです…」

 エヴァンは、イザークの唇に指を当てて遮っていた。
 距離は未だ変わらず。エヴァンの指さえなければ、二人は口づけていた。

「俺が嫌か?」
「いいえ…貴方はもう、私を捕えてしまってる」

 ならばなぜ。イザークは目線だけで問う。
 エヴァンは、微苦笑を浮かべて呟く。

「イザーク、貴方は私がなにをしてきたか知らないのです」
「アンノーンのこと…か?」
「母上にどこまで伺ったかはわかりません…でも、私は普通の女ではないんですよ」

 エヴァンはやんわりとイザークの肩を押し戻す。

「…たしかに俺はお前のすべてを知ってるわけじゃない。だがそんなものはこれから知ればいい話だろう?」
「でも…知らないほうがいいこともあります」

 目を背けて俯いたエヴァンの髪を、イザークは優しく撫でる。

「話せ、エヴァン。俺が知らないことをすべて」
「…知らないほうが、きっと幸せですよ?」

 イザークは不敵な笑みを浮かべて、エヴァンの顎をつかんで上向かせた。

「知って幸せかどうか決めるのは俺だ。お前は話せばいい―――何もかも受け止めてやる」

 瞠目したエヴァンに満足そうに笑ったイザークは、ちゅっと音を立ててその額に口づけた。赤くなったエヴァンが慌てたように額を隠したが、もう遅い。

「俺ともう一度踊ってくれるか、エヴァンジェリン」
「…はい」

 再び口づけられた手。エヴァンは微笑んで、イザークのエスコートに身を委ねた。
 流れだした曲は、軽快なワルツになっていた。


 ***


(やれやれ…)

 なんだかんだあったようだが、もう一度ダンスに繰り出した二人を見て、カオルは息を吐き出した。
 上手くいってくれなければ、こちらの苦労は水の泡。それだけは勘弁願いたい。
 抜群に容姿が美しい二人が踊る姿は、見るだけでも思わず頬が緩む。ような気がする。きっと今、自分はぎこちなく笑っているのだろう。

(普通の恋愛っていうのは、これで正しいものかな)

 よくわからないが、二人とも微笑んでいるならまあ悪くはないだろう。
 陽気なリズムにのって踊る二人には、年相応な喜びと、輝きが見えた気がした。




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