01



酸性雨みたいにわたしを溶かした




 パーティ会場で、求めていた少女の姿を見つけたとき、どうしようもなく気分が高揚した。
 着飾ったエヴァンの美しさはますます輝きが増して、周囲の視線を集めていた。下世話な視線に、胸がざわつく。
 ドレスからのぞく白い腕。その手を握るのは自分だけであればいい。あの金色が見つめるのも、自分の瞳だけであればいい。他の誰も触れさせたくはない。
 ディアッカのことも、案外馬鹿にはできないようだ。

「まさか、本当にここで逢えるとは思っていなかったな」
「………?」

 頭上から聞こえた低い声に、エヴァンは、頭ひとつ分背が高いイザークを見上げた。イザークのリードは上手く、ワルツに合わせて二人は華麗に踊っていた。

「アンノーンのことは、母から聞いた。どう探そうかと思っていたところだ」
「……そう、でしたか」

 エヴァンは、イザークから目を逸らした。イザークは、エザリアからどこまで聞いたのだろう。
 イザークは、エヴァンが俯いたことが気にくわない。母から聞いた限り、アンノーンと強硬派の確執の深みまでは計れなかったが…イザークとエヴァンの間に、そんなものは関係ないはずだった。

「こうして踊ったのも何かの縁―――今度こそ、本当の名前を教えてもらえるだろうな?」
「え…!?」

 弾かれたように顔を上げたエヴァンは、イザークの複雑そうな表情に息をのむ。危うくステップが止まりかけたが、イザークが巧みに導いて、ワルツは続いた。

「私は……」
「“私は”?」

 有無を言わさぬイザークの復唱。彼は、エヴァンが何もかもすべて説明するまで―――そしてすべて理解するまで、エヴァンを離さないだろう。

「私は…エヴァンジェリンなんです…イザーク様」
「でもっ…お前は見つからなかったっ」

 握る手に、力が入る。何度も調べたエヴァンジェリンという名前―――この名前が真実なら、なぜ彼女は存在しない?
 こうして目の前にいるのに。手を取り合って踊っているのに。

「っ……そんなに嫌か、俺に名乗ることさえ…」
「そんな…違います! 私たちは…!!」

 若干高くなったエヴァンの声に、イザークはその金の目を見据える。だがエヴァンも今度は目を逸らそうとはしなかった。

「聞いてください、イザーク様…」
「イザークでいいと…言ったはずだ」

 ワルツが終わった。


「…イザーク…私、いえ私たちには、戸籍が無いんです」


 一瞬、イザークの耳からすべての音が消えた。


「戸籍が無い…だと」
「…信じられないかもしれませんが…でも、本当なんです」

 成る程、ならばたしかに説明可能だった。元々存在しないことになっているエヴァンジェリンを、戸籍データから見つけられたはずはなかったのだ。
 エヴァンジェリンはつまり、社会的に存在しない軍人ということ。しかしイザークの聡明な頭脳は、その危うさに気づく。
 <アンノーン>…イザークは、何気なく聞き続けてきた名前の意味をようやく理解した。

「私だけじゃない…カオルも、他の仲間も、皆…いないはずの人間です」

 エヴァンの瞳が暗く翳るのを、イザークはただ見つめるしかない。
 信じがたかった―――自分が信念を持って与してきたザフトが、そしてかつては母が、エヴァンのような存在を手足として扱ってきたということが。

「…イザーク、人が」
「……ちっ」

 我にかえったイザークは、立ち尽くしていた二人がひどく目立っていたことに気づいた。突き刺さる視線には、好奇と羨望、嫉妬が入り乱れているのがわかる。
 イザークにとってはいつものことだったが、今はなおのこと神経に障る。イザークは、エヴァンの手をひいてテラスへ向かった。

「あの、イザーク……」
「そこにいろ。すぐ戻る」

 イザークはテラスのカーテンの影にエヴァンを否も何もなく立たせて隠した。ここなら少しはマシだろう。
 グラスを配るウェイターの元へ、足早に歩いていくイザークを、エヴァンは黙って見送る。
 今し方までつながっていた手は、まだあたたかかった。




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