02






「…どうしてそんなことを?」
「っ、母上! 何か知っているのなら教えてください!」

 自力で調べられる範囲では、エヴァンには近づけない。もしカオルが言った通り、エザリアが知っていることがあるのなら、それは最後の手がかりだった。

「落ち着きなさい、イザーク」
「ですが…っ」
「いいから。貴方が、そのエヴァンジェリンという"女性"が気になっているのはよく分かった」
「!!……」

 気づけばイザークは腰を浮かしてエザリアに迫っていた。
 申し訳ありません……と座り直すイザークに苦笑して、エザリアはカップをソーサーに戻した。

「イザーク…どうしてその名前を知ったのか、あえて聞かずにおきます。ですが、母が知っていることも大して多くないのですよ?」
「構いません。お聞かせください」

 言い出したら聞かない性格。そういうところは私よりも父親似だ……エザリアはそんなことを思う。

「まず<アンノーン>という名前ですが、これについて貴方はどれくらい知っているの?」
「…戦闘中に遭遇した未確認情報、ですか?」

 <アンノーン>といえば、先の大戦中、嫌というほど耳にした。戦闘中、未確認の機体等に遭遇した場合に使われる軍用語である。

「模範的な解答で安心した。貴方の答えは間違っていませんが、この場合は違います。<アンノーン>というのはね、ザフトが有していた非公式の特殊部隊のことです」
「非公式の特殊部隊…?」

 ザフトのエリート、赤服として前線を駆けていたイザークだったが、そんな部隊の話は聞いたことが無かった。

「貴方が知らないのも当然です。<アンノーン>のことは、つい最近まで極秘とされてきたのだから……ですが、パトリックは<アンノーン>を多用して情報を収集していた。彼らの力は、強硬派の戦略上、なくてはならないものだったわ」

 エザリアは、強硬派のトップに踊り出たパトリック・ザラが<アンノーン>を指揮していた当時を思い起こす。地球軍への潜入・諜報の他、反対派の監視にも使われた<アンノーン>は、議員の間でも一部にしか存在を知らされなかった。
 しかしその一方で、パトリックの暴走が明るみに出たのも<アンノーン>の手によるものだった。独裁に傾きはじめたパトリックを危険視し、クライン派になびいた<アンノーン>が、強硬派を裏切ったからだ。
 ラクス・クラインを匿い、フリーダム、ジャスティス、そしてエターナル奪取を影から手引きした彼らの暗躍は、事実上戦局を大きく左右する結果になった。

「そんなことが…!? 母上はそれをご存知だったのですか!?」
「彼らの裏切りを、パトリックは最後まで明かしませんでした。私たちが、裏切られていたことを知ったのは、停戦した直後だった。情けないことだが…」

 エザリアは、色ついた唇を自嘲するように歪める。ジェネシスの調整に追われていたとはいえ、全く裏切りの気配さえ見せなかった<アンノーン>に、末恐ろしさすら感じる。たしか、<アンノーン>の隊員たちは、イザークとあまり変わらない年齢だったはずだ。
 未来を担う若者たちに、そんな真似をさせていた自分をこそ恥じいるべきか…エザリアは胸中で歯噛みする。

「イザーク、貴方が言うエヴァンジェリンという女性は、きっと<アンノーン>の隊員でしょう」
「エヴァン、が…」

 イザークの複雑な思いを汲んで、エザリアはそっと切りそろえられた銀髪に触れる。
 せめて、息子には戦争の暗い影を背負わせずに……愛した女性と幸せになって欲しかった。

「母上?」
「イザーク、たとえ母と敵対していた者であっても、それはもう過ぎ去ったこと。貴方には、貴方が心から愛する人と出逢って欲しいの」

 アカデミーにいた頃から、言い寄る娘を相手にせず、読書や訓練に没頭していた。そんな息子が、ようやく心の琴線に触れる存在と出逢おうとしている。
 母としてそれは素直な喜びであり……寂しさでもあった。

「母上…しかし、俺は彼女のことは何も知らないのです」

 エヴァンジェリンという名前さえ、真実か知れない。<アンノーン>のことは多少わかったとはいえ、エヴァンは未だ、手の届かないところにいる……

「あら、そんなものはこれから知っていけばいいことでしょう? 明日、アプリリウスで議員が集まるパーティがあります。そのときに彼女を見つけてご覧なさいな」
「……は? 明日?」

 唐突にわいて出た話題に驚くイザークだったが、エザリアはいとも当然と言わんばかりに紅茶を口に運ぶ。

「たしか、<アンノーン>はカナーバやデュランダルの護衛に当たっていると聞いています。明日のパーティには、彼らもきっと来るだろうから」
「……!!」

 流石は女一人でジュール家を盛りたて、議員にまでなっただけはある。母の理解は、イザークにとっても良い後押しになった。

「…ありがとうございます、母上」

 イザークの言葉に、エザリアはにっこりした。




[ 10/31 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[栞を挟む]
表紙へ



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -